社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
「では、聞くが、君は穂花の何を知っていると言うんだ。確かに、俺は君よりも穂花との付き合いは短い。ただ、彼女の内に秘めた想いや葛藤、辛さは、穂花を囲って飼い殺しにしている君たちよりは理解しているつもりだ」

「……穂花を、飼い殺しにしているつもりなんて、ない」

 やはり、認めないか。

 伊勢谷律季もまた、穂花へ想いを寄せる一人。

 その想いが深ければ深いほど、そしてその想いが報われないと知っているからこそ、歪んでいった想い。

 美春と律季の想いは同じだ。穂花への想いを共にする運命共同体。

 だからこそ美春は、律季だけは穂花の側に居ることを許した。絶対に、穂花が彼の想いに応えないと分かっていたから。

 穂花が律季の手を取ることはない。穂花が美春の想いに応えることがないのと同じように。

 報われない二人の想いが、狂気を生み出した。穂花を飼い殺しにするという狂気を。

 ただ、それをぶち壊す鍵になるのもまた、目の前に座る、この男なのだ。

「いつまで君は、美春さんの呪縛に囚われているつもりだ?」

「……なんだと」

「そうだろう。君たち三人の今までを知れば分かる。伊勢谷君、君は美春さんに良いように使われているだけだ。それは、君も分かっているのではないのか?」

 それ以上言葉を発しなくなった彼も分かっているのだ。

 今のままでは、自分の想いは一生報われないと。

 伊勢谷律季もまた、美春の影となる事を余儀なくされた一人か……

 だからこそ、三人の歪んだ関係を断ち切る鍵になる。

「伊勢谷君、穂花は今の状況にあらがう決意をした。それを止める権利は誰にもないはずだ。美春さんにも、伊勢谷君、君にもだ。君たちのエゴのために、穂花の未来をつぶすなら、俺はどんな手段を使ってでも穂花を自由にする。覚悟しておいてくれ」

 スッと立ち上がり、背を向けた俺に声がかかる。

「貴方は、『花音』のファンではなかったのですか? 穂花を自由にすれば『花音』は消える。それを一色さんは受け入れるのですか?」

 『花音』が消える。

 そう考えるだけで胸が張り裂けそうに痛い。

 それだけ『花音』の存在は俺にとって特別なものだ。心の拠りどころ、すべてと言ってもいい。

 ただ、『花音』が穂花であるなら、きっと彼女は消えない。そんな予感がするのだ。

「確かに『花音』は消えるだろう。ただ、穂花は消えない。穂花の人生が続く限り、また『花音』は生まれる。そんな予感がするんだよ」

「くくく、それは穂花が貴方を選ぶと思っているからですか? 地位も名誉も、金も権力も……、何でも持っている人は、考え方も傲慢だ」

「穂花が俺を選ぶかは分からない。ただ、自分のエゴで彼女の自由を奪っている伊勢谷君よりは希望があるんじゃないかな。それに、俺は君が思っているほど恵まれた環境で生きて来た訳ではないよ」

「……誰が、そんな戯言信じるかよ」

 自嘲的な笑みを浮かべ手で顔を覆う彼を見つめ思う。いつだったか穂花にも同じことを言われたなと。

「光の中を歩んでいるように見える人間でも、大なり小なり劣等感を抱えて生きているものじゃないかな。それでも前を向き、気持ちに折り合いをつけ生きているからこそ見える未来もある。そして、開ける道もあるんじゃないかと俺は思うよ」

「そんなこと、綺麗ごとに過ぎない……」

「確かに、聞く人によっては綺麗ごとに聞こえるかもしれない。ただ、それを聞いて一歩をふみ出す決意をした者もいる。『花音』の言葉を聞き、一歩をふみ出した俺の言葉に、穂花もまた、一歩をふみ出す決意をした。君は、どんな選択をするのか――」

 俯き、今度こそ言葉を発しなくなった伊勢谷律季を残し、その場を後にする。

 果たして彼はどんな選択をするのか?

 ただ、彼らがどんな選択をしようとも、俺の気持ちは決まっている。

 穂花をあの抑圧された世界から解放する。

 どんな手を使ってでも――

 しかし、こうも考えてしまうのだ。

 穂花自身の手で自由をつかみ取って欲しい。そう願わずにはいられない。

 そうでなければ、彼女は本当の意味での自由を手に入れることは出来ない。

 また、『俺』という(しがらみ)に囚われてしまうから……
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