社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
「穂花、お疲れさま! ステージ、とってもよかった」

 デビューライブを終え、楽屋へと戻ってきた私は、猛ダッシュで飛びついてきた友人にギュウギュウと抱きしめられていた。

「ま、待って、待って、心菜(ここな)。転んじゃうから」

「あっ、ごめん、ごめん。つい嬉しくなっちゃって。あらためて、デビューおめでとう」

 慌てて距離をとった友人の満面の笑みを見て、心が熱くなる。まさか、心菜とこんな形で再会できることになるとは想像もしていなかった。

 二年前、一色コーポレーションを退職した心菜との最後のやり取りを思い出す。あの時は、あまりに急な退職に、理由も聞けず、お別れの言葉もまともに言えず、苦い後悔だけが残った。

 愛想もなく、どちらかというとコミュ障だった当時の私と根気強く接し続けてくれた大切な友人。『花音』としての活動もあり、プライベートで会うことはほとんど出来なかったが、何度も外へ連れ出そうと誘ってくれたのも彼女だった。

 私という存在を理解し、手を差し伸べてくれた親友とも呼べる存在との突然の別れは、正直つらかったが、彼女が最後に言った『また、絶対会えるから』の言葉を胸に、あの時は寂しさをやり過ごしていたように思う。

 あれから二年。私も『カノン』としてのデビューが決まり、数日前に『デビュー祝いだ』と律季に呼び出された高級イタリアンで心菜を紹介されたときは、あまりの驚きに数分は固まっていたと思う。しかも『カノン』の新しいマネージャーとして紹介されたのだ。驚かない方が無理である。

「それにしても、穂花すごいよ。副社長に、一万人収容できる大ホールを抑えろと言われた時は、この男バカなのかって思ったけど、今日の穂花のステージ観て理解出来た。ファンとの一体感、そして『おかえり』のコール。穂花、ずっと一人で頑張って来たんだね」

 心菜の言葉に胸が熱くなり、目に涙がにじむ。

「ありがと、心菜。本当に、ありがとう。私、一人じゃなかった。たくさんの人に支えられて、ここまで来れたの。その中には、心菜の存在もあるの。殻に閉じこもって前に進めなかった私に、ずっと寄り添ってくれてありがとう」

「もう、泣かせないでよ。穂花なら大丈夫だって、ずっと思っていた。一色コーポレーションで同僚やっている時も、事情を抱えて生きているのは何となく気づいていたんだ。極端に人目を気にしているんだもん、言えない事情があるなってね。でも、私には心を開いてくれたじゃん。それが嬉しかったんだ」

 そう言って、歯にかむように笑った心菜を見つめ、私こそ彼女の存在にずっと救われていたと思う。引っ込み思案で、人付き合いが下手な私をいつも気にかけ、上手くリードしてくれる大切な友。彼女の存在があったからこそ、総務課で居心地良く働くことが出来ていたのだと、今ならわかる。

「――だけど、ずっと後悔してた。穂花が苦しんでいるの、知ってたのに何も助けてあげられなかった。本当……、あの当時は自分の無力さに何度も泣いたっけ。だから、私も大きな決断をしたの。穂花と共に、歩めるようにね」

 心菜が突然、会社を辞めた理由を知り、涙が込み上げる。

「穂花、良い顔してる。やっと解放されたんだね」

「うん!!」

 言葉に出来ない想いを胸に、心菜の腕へと飛び込む。

 彼女は、私の事情をどれだけ知っていたのだろうか? もしかしたら『花音』として活動していた当時も、私の抱える複雑な事情に気づいていたのかもしれない。そして、私のために大きな決断をしてくれた心菜。

 彼女の熱い想いに涙があふれ出す。

 私はひとりじゃなかった。ずっと、ひとりじゃなかったのに、当時はそのことに気づきもしなかった。

 そのことに気づくきっかけをくれたのも、今はそばにいない『彼』の存在があったから……

 心に去来した切ない想いを打ち消すように、心菜の元気な声が落ち込みそうになった私の心を勇気づけてくれる。

「穂花! もう遠慮はしないからね! 今後は、公私共にガツガツ行くからね。まずは、『カノン』のマネージャーとして、あなたをドームへ連れていくんだから!」

 握りこぶしを天へと突き上げ気合を入れる心菜を見て、笑みがこぼれる。

「これからもよろしくね! 心菜マネージャー!!」
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