脇役だって、恋すれば
 別れ際のあのタイミングで冗談は言わない気がする。本当の本当に、極上な一日はすべて村娘ではなく私のためだったとしたら……。

「それは、困るなぁ……!」

 真っ先に出てきた言葉はそれだった。嬉しさよりも、どうしようという戸惑いのほうが大きい。

 めぐちゃんが言っていたみたいに、ハイスペックな慶吾さんに好意を持たれるなんて滅多にないことで、シンデレラになれる千載一遇のチャンスだ。それが自分に巡ってきたというのに、私はやっぱり気楽に生きていきたい気持ちのほうが勝る。

 だって今、どっと疲れが押し寄せているから。

 もし慶吾さんと付き合うなんて事態になったら、今日のようなセレブ生活が日常になって、パジャマのまま引きこもってゲーム三昧の休日のほうが夢になってしまいそうだ。

 まあでも、別に告白されたわけでもないし、悩むのは早計か。

 彼ほどの人に恋人がいないほうがおかしいし、二番目の女として口説かれている可能性もなくはない。脇役人生を送ってきた自分には、そちらのほうがありえるな……と真面目に思う。

 エントランスで立ち尽くしたまましばらく悶々としていたが、こうしてはいられないと思考を現実に引き戻す。

「と、とりあえず、新涼くんに連絡しないと」

 今夜はまだまだ気を休められない。心も落ち着かないまま、バッグからスマホを取り出した。


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