竜王の娘

竜と薬師の娘

 「父(とと)さま、今日は天気がいいから、少し足を延ばして竜王様のお山の麓まで行って来ようと思っているの。」

 「そうかい?それは助かるよ。あの辺りには貴重な薬草が沢山あるからな。そろそろ腹痛(はらいた)に効く薬が少なくなってきているから、作り足したいんだよ。紫草を少し多めに摘んできておくれ。」
 「はい!確か白姫草もなかったのでは?」
 「ああ、そうだったか…だがあれは切り立った岩場に生えているから、お前にはまだ摘むのは危なかろう。」
 「いいえ父(とと)さま、私も今年で十六になります。足腰も鍛えてそれなりに強くなりました。岩場に生える草も摘んで来れます。それにクーも一緒に連れて行くから。」

 「クゥーン…」

 ピンと立った耳に二本の尻尾…四つ足で歩くそれは、真っ白でフサフサな毛並みをフルンと揺らし、甘ったれた鳴き声を出しながらピリカの足に纏わりついて来る。

 「そうかい?なら充分に気を付けて行くんだよ。クー、お前もしっかりとピリカを守っておくれ。」

 「フォン!」

 クーは勢いよく空を見上げて吠えた。

 「はい!父(とと)さま、行ってきます。」

 ピリカは微笑み、父に向かって手を振ると、軽快な足取りで歩き出す。
 その山の麓までは片道一時間ほど…今年ようやく十六になる少女の足には少々負担ではあるが、数年前森で獣に襲われ、足に怪我を負い歩くことが不自由になった父に代わり、薬草を摘んで来るのはピリカの仕事だ。

 今日はいい日だ。空は青く晴れ渡り温かい日差しが降り注いでいる。風も穏やかで時折フワッと頬を掠めるそれが心地よい。道の脇に茂る木々からは小鳥達の囀りがまるで歌を歌っているかのように辺り一面にに響き渡っていた。
 ピリカは胸いっぱいに春の空気を吸い込み、よし!と言って気合を入れると、手に持った籠を背負う。すると何処からか彼女の名を呼ぶ声がする。それも二つ。

 「ピリカー!こんなに朝早くから何処行くのー?」
 「また薬草摘みー?」
 「チカプ、ノウチ!おはよう!そう!今日はお天気もいいし、お山の麓まで行こうと思って。」
 「お山?竜王様の?」
 「あんな遠くまで一人で行くの?」
 「遠くって言ったって、一時間ほどだし今日みたいな日はちょうどいいお出かけだわ。」
 「そうだねー私も一緒に行きたいけど今日は天気がいいから、大洗濯手伝えって母(かあ)さんが…」
 「私もー父ちゃんと母ちゃんが二人して畑に出るから弟たち見てろって…やんなっちゃう。」

 チカプとノウチは口を尖らせ不満を漏らす。チカプの母のお腹にはもうすぐ産まれる子がいる。ノウチには幼い弟が二人、妹が一人いるのだ。村の子供達も十六ともなれば、男の子は狩りや畑仕事に、女の子は家事や育児の手伝いにとそれぞれ家々の立派な働き手となる。

 ピリカの住むイカシクカマと呼ばれるこの村は、この大陸に栄華を極めるメンシス王朝の東の端に位置しており、竜王が住むといわれている祠がある山…キムンカムイの麓近くにある。
 約三百人程が暮すさほど大きくない村ではあるのだが、ここに暮らす人々の中にはオハイヌと呼ばれ、不思議な力を持つものがいる。ある者は矢に力を籠めると百発百中で獲物を捕らえ、またある者は、土に手を当て祈りをささげると不毛の地に作物が豊作となる。
 中でも特に重視されているのがピリカの一家で、簡単な病や傷なら癒すとされているこの村に湧き出る水に薬草を入れて煮立て祈りを込めると、重い病や、深い傷がたちどころに治る薬ができる。この薬は大変貴重で、近隣の村々はもちろんのこと、王都にまで評判が及び、高値を出してでも買い求めるものが後を絶たなかった。そのためピリカの家は大変裕福であったのだが、父はその富を独り占めすることなく平等に村人達に分け与えていた。又、ピリカの父エシムは剣の腕にも長けており時折森の奥からやってくる獣や豊かなイカシクカマ村を狙って略奪を試みようとする他所の部族の襲撃から長年村を守ってきた。
 それ故村人たちはエシムに絶大な信頼を寄せており村における彼の地位は、村長(むらおさ)ムイエに次ぐ二番目を誇っていた。

 「ピリカはえらいよね!お母さんがいないから食事の支度とか家の仕事とかしているのに、その上薬草摘みにまで行くなんて…」
 「だって父(とと)さま足を怪我して、長く歩くと痛むって…それに私薬草摘みに行くの好きだもん。クーの散歩にもなるしね。いつも家の周りだけじゃ運動不足で病気になっちゃう。本来クーは山の中を駆け回っているはずの生きものだから…そりゃぁ食事の支度や家の仕事は大変なこともあるけど、将来の為の花嫁修業だと思えばなんともないわ。」

 ピリカの母は、彼女が十歳の時に流行り病で命を落とした。父の薬をもってしても助けることはかなわなかったのだ。父は言う。
 「この世の自然と生きるものの命は、竜王様が司っているものだから、どんなに長けたものであろうとそのお力には到底及ばない。竜王様のご意思であればその死も止むを得ない事なのだ。だから母(はは)さまの死を悲しんではいけないよ。母(はは)さまは竜王様のご意思で神の元にいったのだ。」と…

 「ピリカってばまたそんな優等生みたいな事言ってー」
 「ほんと、でもさぁー私たちにもそろそろ嫁入りの話しが出る頃だよね。」
 「そうそう、家も母ちゃんが何かにつけて…そんなんじゃ嫁の貰い手ないよ…なんて言ってる。」
 「あはは…私たちも今年十六になるんだからしょうがないよ。」
 「そういえば、ピリカはやっぱりニシパのところにお嫁にいくの?」
 「っ…ど、どうだろう?家は後継ぎが私一人で、ニシパは将来村の長(おさ)になる人だから…」
 「でも二人は好きあってるんでしょう?」
 「す、好きあってっるっていうか…小さい時から一緒にいたから、どちらかというと兄妹みたいなもので…」

 ピリカの父エシムと村長(むらおさ)ムイエは若いころから共に外敵から村を守ってきた戦友であり、心から信頼しあっている親友でもある。そんな二人の息子と娘は、小さい時から毎日のように遊んでいた幼馴染だ。親同士が将来一緒にしようかと話しているのは何となく知っている。知ってはいるのだが、ピリカにはその実感が湧かないのである。幼いころから一緒にいる時間が多すぎて、将来の夫というよりはむしろ兄のような存在なのだ。

 「だからって別に一緒になれないってことはないんじゃないの?お嫁にいってもピリカが薬師の仕事をすればいいだけの事じゃない。」
 「そ、それは…そう…だけど…」
 「それにさぁーニシパは絶対ピリカの事好きだと思うんだよねーピリカを見る目がめっちゃ優しいもん。いいなぁー村一番の男前でしかも狩の腕も一流の男に想われてて。」
 「仕方ないでしょ!この村でピリカより綺麗な子なんていないんだから。私たちじゃ到底かなうわけないじゃん。」
 「そんなことは…あっ、私もう行かなきゃ!早くしないと暗くなる前に帰ってこれなくなっちゃう。」
 「あっ、私も、早く水汲みして帰らないと母さんに…何処で油売ってたんだーって怒られちゃう。」
 「ほんとだーじゃぁ私も、弟たち待ってると思うから…またねーピリカも気を付けて行ってきてねー」
 「うん!ありがとう!いってくるねー」

 そう言って二人に手を振り、ピリカは竜王が住むといわれる山…キンムカムイの麓を目指して歩きはじめた。



 「んん~もうちょっと…クー絶対離さないでね!もう少しだから頑張って捕まえていて!」
 「クウォンー」

 ピリカは切り立った崖の上でその下に見える白姫草にあともう少しというところまで手を延ばしていた。足元ではクーが必死にスカートの裾を咥えて、ピリカの身体を支えている。

 「あと少し…あっ…きゃーー」

 突然ピリカのスカートがビリッと音をたてて破け、彼女はそのまま崖下まで悲鳴と共に滑り落ちてしまったのだ。



 ピリカは自分の身体が何か柔らかくて温かいものにスッポリと抱きかかえられているような感覚を覚えてふと目をます。すると目の前に、長く伸びた金髪を後ろで緩く束ね、鼻梁がとおり金色の美しい目をした見目麗しい男の顔があった。

 「えっ?あっ…き、きゃーー」

 彼女はまたしても悲鳴を上げてその男の懐から飛び退いた。
 男はほんの少し驚いたように目を見開くと、直ぐ様頬を緩め

 「大丈夫?此処で昼寝をしていたら上から突然そなたが降ってきて、慌てて受け止めたのだけど…何処か怪我して痛いところはあるか?」と問いかける。

 その言葉を理解するやいなやピリカは自分がこの男にみせたあまりにも理不尽な態度を恥じて、俯きがちに頬を染め口を開く。

 「あ、あの…私ったらすみませんでした!崖下に誰か居るなんて思わなくて…助けて頂いたのに失礼な態度で…」

 ピリカの可愛らしい慌てぶりに、男は再びフワッと微笑む。その笑顔が余りにも美しく、ピリカは顔を真っ赤にして下を向いたまま唇を噛み締めた。

 「此処…怪我してる。」

 男はそう言うと、岩で切って血が流れる右手に自身の手をかざす。一瞬傷の周りがフッと温かく感じられたと思ったのだが…ピリカが次にそこを見ると傷は綺麗にふさがり何事もなかったかのような白くきめ細やかな肌がのぞいていた。

 「えっ?なんで…?」

 男は相変わらず綺麗な顔に穏やかな微笑みを浮かべて

 「私の一族は古くから特別な力を持っていて、私には癒しの力があるのだよ。」
 「そうなんですね。ありがとうございました。私の村にもオハイヌと呼ばれている特殊な力を持つ人々がいて…私の父もその力で傷や病を癒す薬を作る事が出来ます。私にもその血が流れているのですが、まだまだ修行中の身で、父の様によく効く薬は作れません。なのでこうして父を手伝って薬草を集めていたのですが、崖の途中にある白姫草を採ろうとして足を滑らせてしまって…貴方様が助けてくださらなかったら大怪我をしてしまうところでした。もしかしたら命を落としていたかも…本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。」
 「たまたま寝ていた私の上に落ちて来てくれて…そなたが大怪我をしなくてよかった。ところで先程の話から、そなたはもしかしたらイカシクカマ村の娘か?そこの薬師と言ったらエシムだったか?」
 「はい、あの…父をご存じなのですか?」
 「いいや、直接会ったことはない。ただ私は、色々な所に旅をしていてね。行く先々で色んな人々の話しを耳にするのだよ。そなたの父上は優れた力を持って薬を作り多くの人々を救っていると。またそれで得た金銭を村の者たちに分け隔てなく与える人格者だと聞いている。」
 「そんな…そんなだいそれた事は何もしていないと何時も父は言っています。ただ私は父が大好きで、とても尊敬しています。」

 そう言って微笑むピリカを男は大切なものを見るような優しい目で見ていた。

 「あの白姫草がいるのか?」
 「はい…白姫草はとても貴重な薬草で、あらゆる病を癒す薬を作るのに使うのですが…数も少なくその上咲いているのが崖の途中で、集めるのが大変なのです。」
 「では、少し私が手伝いをしよう。」

 そう言って男は身を翻し、ヒョイヒョイと崖をいとも簡単そうに登って行ってしまった。ピリカがその場で呆気に取られていると程なくして戻ってきた男の腕には一年かけても集められそうもないほどの大量の白姫草が抱えられていた。



 「あの…今日は、本当に色々とありがとうございました。まだ暫くこの辺りにご滞在していらっしゃるのですか?」
 「ああ…そうだな、もう暫くは居ようと思っている。」
 「でしたら私、数日後にまた此方に参ります。その時は今日のお礼に何か食べるものを作ってお持ちしますので、よろしかったら召し上がって下さい。」
 「お礼と言われる程の事をしたつもりは無いが…そなたの作ったものを食べるのは楽しみだ。またそなたに会えるのも。」

 そう言ってまたしても美しく微笑んだ。



 数日後ピリカは村で採れた米を大きな握り飯にして背負った籠に入れ、先日男と遭遇した崖の下に来ていた。
 握り飯の中身はこれもまた村で採れた青菜を塩で漬けたものだ。それだけでは男の人には物足りないだろうとおかずに鶏肉を油で揚げたものと卵を砂糖で甘く味付けして焼いたものも一緒に持って来た。



 「これは美味い!そなたは若いのにとても料理が上手だ。どれもこれもとても美味しい。」

 そう言って男はおおせいな食欲を見せる。

 「良かったら此方もどうぞ。」

 ピリカが差し出したのは、マウと言われる薬草を煎じてお茶にしたものだ。滋養強壮に効果があるらしい。

 「とても良い香りのするお茶だ。飲むと何故か身体がポカポカしてくるようだ。」

 そしてまた、美しく微笑むのだ。



 そうして数日ごとに男と会い、食事を共にして薬草を摘んだりお喋りをしたりとピリカの日常になんとも言えない擽ったいような想いが芽生え始めた頃

 「ピリカ、最近ちょくちょくお山の方に出向いて薬草を摘んで来ているようだが…もう随分と貴重なものも集まった。当分は無理して出かけなくてもいいんじゃないかい?」
 「無理している訳ではないの。この頃は暖かい日が増えて、クーの散歩にも丁度良い距離だから出掛けているのよ。それにちょっと薬草が沢山咲いている所を見つけたの。」

 それは本当は嘘で…男の手伝いで大量の薬草が集まるのだったのだが…

 「そうかい?でも、いくら沢山咲いているからといって、全てを摘んでしまっては行けないよ。根こそぎ摘んでしまったらそこからはもう生えてこなくなってしまうからね。」
 「あ…はい、それはわかっています。充分注意しているわ。」

 「それならいい…そうだ、今日私はちょっと用事があって王都に出掛けて来るから帰りは明日の夜になってしまうかも知れない。お前は一人で留守番が出来るかい?もし心細い様ならムイエの所に泊めてもらえるよう…」
 「父(とと)さま!私はもうすぐ十六です。何時までも子供じゃないわ。一晩くらい平気です。それに何かあったらクーもいるし…」

 言葉の最後が少し尻すぼみに小さくなったが、それでもピリカはハッキリと言い放つ。

 「それなら戸締まりをしっかりして休むんだよ。もし何か困った事があったら直ぐにムイエの所を頼りなさい。」

 そう言って父は王都に出掛けて行った。ピリカは窓を開け放ち掃除や家の片付けをしていたのだが午後になり、段々と雲域が怪しくなる。程なくするとポツポツと雨が降り始め、やがてそれは春の嵐となった。風が激しく吹き荒れ、雨も叩きつける様に降り続く。
 …父(とと)さまはもう王都に着いたかしら?この雨に降られてなければよいけれど…そんな事を考えていると何やら外が騒がしい。誰かが大声で怒鳴っているようだ。…何かあったのかしら?…
 ピリカは窓をほんの少しだけ開けて外の様子を伺った。

 「お山でがけ崩れがあったらしい。何人かが巻き込まれるんじゃないかと言う知らせがあって…」

 誰かが叫ぶ声が聞こえる。
 …えっ?お山でがけ崩れ?誰かが巻き込まれたって…あの方は大丈夫だろうか?…
 ピリカは心配で居てもたってもいられずマントを羽織ると激しい雨の中をお山に向かって駆け出した。十分程走った所で呼び止められる。

 「ピリカ!こんな所でどうした?」

 聞き覚えのあるその声に顔を上げると、そこにいたのはあの金髪で金色の目をした男だった。

 「あの…お山の方でがけ崩れがあったらしいって聞いて、貴方が巻き込まれてはいないかと…」
 「私を心配してこんな雨の中を走って来てくれたのか?びしょ濡れじゃないか?私は大丈夫だ。とにかく家に帰りなさい。近く迄送って行こう。」

 そう言うと自分のマントにピリカの身体を入れて足早に歩き出す。

 「ここまで来れば大丈夫だね?早く家の中に入って火を起こし、身体を温めなさい。これでは風邪をひいてしまう。」

 家の直ぐ側まで来て、男はピリカの肩を押した。

 「あの…貴方もびしょ濡れです!中に入って服を乾かしていってください!」
 「しかし…お父上になんと…」
 「今日、父は王都に出掛けていて留守にしています。家には私一人です。ですから…」

 そう言ってピリカは男の腕をひいて家の中に促した。



 暖炉に火をくべ、その前に椅子を置き男を座らせる。ピリカは一度奥に引っ込むと、手にタオルと着替えを持って戻ってきた。自分も着替えてはいるが髪からはまだ雨水が滴っている。

 「これ父のものですが、よかったら着替えて下さい。貴方の衣類が乾くまで…」

 それを置いて、台所に向かうとお茶を入れたカップを手に戻って来る。
 着替えを終えて暖炉の前に腰掛けている男にそれを差し出した。その手が寒さで微かに震えている。
 男はお茶を入れたカップを片手で受け取り、反対の手でピリカを引き寄せる。ハッと思った時にはもう彼女は男の膝の上にいて、身体をスッポリと抱きかかえられていた。ピリカは真っ赤になって焦り男の手から抜け出そうと藻搔く。男はそれを許さず益々力を込めてピリカの身体を包みこんだ。まるで初めて出会って崖の下で男に抱きとめられた時のように心地よい。

 「震えているじゃないか…髪もまだ濡れている。」

 男はそう言ってピリカの濡れ髪に口付けを落とした。そして手にしたカップからお茶を一口含むと傍らにそれを置き、ピリカの顎をそっと押さえるとフワッと柔らかく口付けをする。息も出来ずにピリカが目を丸くして固まっているとやがて男は舌で彼女の唇を割り開き暖かいお茶を流し込む。ピリカは思わずゴクリと喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。次の瞬間ピリカの身体をきつく抱きしめると噛みつく様なキスをする。息も出来ず、苦しくてピリカが藻搔くと男は一度唇を離して

 「私の名はコンカニという…ただの男だ。こんなにも可愛いお前を懐に入れて、もうこれ以上の我慢は出来ない。」

 そう言ったコンカニの唇は再びピリカのそれを激しく塞ぐ。服のボタンを一つずつ外して素肌に手を滑り込ませて我が物顔で貪った。
 勿論ピリカにとってこんな経験は初めての事だ。父の留守中に結婚もしていない知り合って間もない男とこんな事は駄目だと理性は言っている。だが…本能では身体の奥が甘く疼いて激しく男を求めているのだ。ピリカはお腹の奥で何かが湧き上がるのを感じ、堪らず両足をギュッと合わせる。しかしコンカニは強引に手を両足の付け根にねじ込みその中心を弄る。ピリカがあっ…っと甘い吐息を漏らしたのとコンカニの指がぬかるみに埋め込まれたのは同時…
 やがてその指はピリカの恥じらいを煽るように中をかき乱す。

 「コンカニ…さ…ま…このような…事は…私…」
 「許せ…ピリカ…つらいのだろう?だが私も…もう…止められぬ…」

 そう言うと、椅子を押しやりピリカを抱きしめたまま、暖炉の前にひかれた厚手のラグの上に横たえる。
 ピリカの着ているものを全て剥ぎ取り全身にキスを落としていく。首筋に、肩に、胸元に、そして胸の頂に…味わった事のない強烈な快感にピリカは翻弄される。泥濘を掻き回す指はやがてその数を増やし奥へ奥へと押し入っていく。

 「ああ…コンカニさま…私…何か変な感じがして…」
 「力を抜いて、お前はそのまま流されればよい。」

 そう言うと身体を下にずらし指を入れている泥濘の直ぐ上にある小さな粒を徐ろに口に含んだ。その余りの衝撃にピリカは背中を仰け反らせ、口を大きく開けて嬌声を漏らす。

 「ああ…コンカニ…さ…ま…な、何を…」

 しかしその声は荒れ狂う外の雨と風の音に飲み込まれた。
 ピリカは目の前が真っ白に染まり、自身の身体の中で何かが弾け飛ぶのを感じる。暫しの間、息も出来ない。やがてその感覚は波が引くように少しずつ薄れゆきピリカの意識がポッと頭をもたげた。それを見計らったようにコンカニはスッと指を引き抜き、その感覚に身体を竦める彼女の、先程まで指を埋めていたそこに硬く反り上がった己をあてがいピリカが何も思う間もなく一気に押し開く。彼女が呻くような悲鳴を上げる。しかしそれさえも外の音にかき消されていった。

 「ピリカ…そなたを愛している…今からそなたの腹に子種を注ぐ。それは本来なすべき事ではないのかもしれぬ。人外である我が身の子種がそなたの腹の中で芽吹いて子が産まれるかどうかもわからない。すまぬ、もしもそなたがこの先私の子を抱えて生きる運命(さだめ)となる事を思うと心が傷まぬわけではない。だが私はもう抑えが効かぬ。その贖罪を持ってしてでも代え難いほどそなたが愛おしいのだ。」

 その言葉を最後にコンカニは黙して身体を揺すり、猛然と己をピリカに突き入れる。

 …人外?…

 ピリカは一瞬そんな言葉を聞いたような気がした。しかしそれも直ぐにどうでもよくなるように、痛みが甘い疼きに変わりやがてそれは得も言われぬ快感へと姿を変える。
 そして遂にコンカニはその動きを止めピリカの耳元で獣のような呻きにも似た吐息を漏らすと彼女の奥深くに熱を解き放つ。

 「この先そなただけを愛して何百年かの時を生きよう…」

 その声がピリカの耳に届いかはどうかはわからない。



 翌日ピリカが目を覚ますと、もう既に日が高く登っていた。昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡り真っ青な空がどこまでも広がっていた。側には誰もいない。けれども彼女の身体には乾いたマントが掛けられていた。暖炉の火もすっかり消えてしまっている。昨日のコンカニとの事が夢だったのではないかと思ったピリカはふと自分の裸身に目を落とした。すると体中に散りばめられた朱色の印が目に入る。思わず息を飲み、服を着ようと立ち上がった時、身体の中からドロッとコンカニの名残があふれ出す。慌てて台所に行き、湯を沸かし、タオルで身体を拭く。窓を開け放ち部屋の空気を入れ替えると暖炉の前にひかれたラグを手に持ち外に干す。その後部屋中をくまなく掃き、硬く絞った雑巾で床を拭き上げる。そうして昨夜の残痕を消し去ってしまわなければ父に何かを見抜かれてしまいそうな気がしたからだ。それに自身の中に残るコンカニの感触も身体を動かす事で消し去ってしまいたかった。彼に抱かれたことを後悔した訳ではない。ただ何かとてつもない世界によく考えもせず足を踏み入れてしまったような気がして、ほんの少し不安だったのだ。

 日も傾きかけて、そろそろ庭に干したラグを取り込もうかと思っていた頃…入り口の扉がコトンと音を立てて開いた。

 「ただいま…ピリカ、今帰ったよ。」
 「父(とと)さま…」

 ピリカは咄嗟に目を逸らす。
 それに気付いたエシムが…

 「ん?何かあったかい?」
 「いえ…やっぱり一人は少し寂しくて…それに昨夜は凄い嵐だったから、父(とと)さまの顔を見たら何だかホッとして…」

 そう最もな言い訳をする。

 「ああ…昨日の嵐は凄かったから心配していたんだよ。何事もなかったかい?」

 そこで、エシムが何かの気配を察したようで…

 「おや…?誰かを家に入れたかい?」

 起きてから、必死に部屋中くまなく掃除してコンカニの気配は全て消し去ったはずだ。しかしそれでも父の鋭い感覚は誤魔化せないと思った。いっそコンカニの事を話してしまおうか…そんな事も思わないではなかったのだが、やはりピリカはそれを思いとどまる。

 「昨日雨に打たれてびしょ濡れになっていた村の人達を何人か招き入れて暖炉で服を乾かしてあげたの…」

 半分嘘で、半分本当の事だ。ピリカは居心地の悪さについ目を伏せる。
 エシムがそれに気付いたかどうかはわからなかった。ただ…

 「私の留守中、お前一人の家に他人を入れるのはあまり感心しない。」
 「父(とと)さま…他人って言ったって、村の人よ。そんなに心配する事ないのに。」
 「お前は、嫁入り前の年頃の娘だ。どんな相手でも心配だよ。何かあっては、死んだ母(はは)さまに申し訳が立たないからね。くれぐれも気を付けるに越したことはないよ。」
 「はい、父(とと)さま…」

 ピリカは素直に頷いた。少しのうしろめたさをそっと押し殺して…

 「ああ…そうだ、これはお前にお土産だ。」

 そう言ってエシムは丁寧に折り畳まれた四角い包を荷物から取り出してピリカに手渡す。

 「お土産!嬉しい!何かしら?」

 ピリカは目を輝かせて、渡された包を注意深く開いた。中から出てきたのは、薄い絹に黄色の花々の刺繍が施された大判のスカーフだった。

 「素敵!」

 そう感嘆の声をあげると、ピリカはさっそくそのスカーフを手にとって肩に掛ける。

 「薄い生地に肌が透けてとっても綺麗!父(とと)さま!ありがとう!私、これを羽織って夏祭りに行くわ!」

 ピリカは父の前でクルンと身体を回して見せた。そんな娘の無邪気な様子を目を細めて見ながら…娘の纏う気配が少し変わったと思ったのは勘違いだったのだろうか?…とエシムは胸を撫で下ろすのだった。



 次の日、ピリカは何時もの様にお山の麓に出向いた。少し汗ばむ空気に額の汗を手拭いで軽く抑えて、辺りを見廻す。すると少し離れた大きなクスノキの根元に気持ちよさそうに寝転ぶコンカニを見つける。急いで駆け寄り、しかし彼の足元近く迄来た時、一昨日の自身の痴態が脳裏に浮かび足を止める。それに気付いたコンカニがピリカに手を差し伸べた。

 「ピリカ…おはよう。」

 ピリカはその手にそっと自分のそれを重ねた。すると突然コンカニがグッと手を握り締めて彼女の身体を引き寄せる。ピリカはバランスを崩してコンカニの胸に倒れ込んだ。それをコンカニが渾身の力を込めて抱きとめる。

 「コンカニさま…そのようにされては苦しくて息が出来ません。」

 コンカニの胸に顔を埋めて囁くピリカの旋毛にそっと口付ける。

 「会いたかった…ピリカ…身体は大丈夫だったか?」
 「はい…私も…私もお会いしたかった…」

 そう言って恥じらいながら顔を上げるピリカの唇にコンカニがむしゃぶりつく。
 その後…衣服も脱がずに荒々しく繋がった。



 それからは三日にあげずピリカはコンカニを訪ねる。
 そんな彼女の異変に父エシムが気付くのは、もう少し後の事…
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