月に咲く、夜の花
—俺の知らない風景—
学校の廊下を歩く音が、やけに響く放課後。
花城蓮は、担任に呼び出されて仕方なく保健室に向かっていた。
「見回りの手伝いだと?教師の仕事だろ……」
呆れたように呟きながらも、蓮は歩みを止めない。
教室では見せない無愛想な表情。だが、それが彼の“素”だった。
保健室の前に着いたその時、静かに開いたドアからふわりと甘い匂いが漂った。
中にいたのは——一人の少女。
白いベッドの上で、文庫本を開いていた彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
長い睫毛。整った横顔。そして、どこか寂しげな瞳。
「……誰?」
その声には驚きも興味もなかった。ただ、必要最低限の確認。
「……あんたこそ誰だよ。」
蓮もまた、感情のこもらない声で返す。だが、彼の中で何かが静かに動いた。
少女はベッドから体を起こし、本を閉じて蓮を見つめた。
「白鷺 鈴。……保健室常連。」
「花城 蓮。……不良代表。」
数秒の沈黙のあと、どちらともなく、ふっと笑った。
「で? どうしてそんな不良が、保健室なんかに?」
「教師に頼まれてな。見回りってやつだ。」
「……似合わないことしてるのね。」
その言い方が、なぜか蓮の胸にひっかかった。
似合わない——確かにそうかもしれない。
だが、鈴のその瞳は、どこかで“自分もそう”だと語っているように見えた。
「お前、具合悪いのか?」
「あんまり、健康体じゃないの。」
それ以上、詳しくは語らなかった。
だが蓮は、それ以上聞くこともなかった。
それがこの日、彼と彼女が初めて「少しだけ心をほどいた」瞬間だった。
窓の外では、夕陽が傾いていた。
二人の影が、ゆっくりと重なっていく。
——この日から、花城蓮の世界に「色」がつきはじめた。
花城蓮は、担任に呼び出されて仕方なく保健室に向かっていた。
「見回りの手伝いだと?教師の仕事だろ……」
呆れたように呟きながらも、蓮は歩みを止めない。
教室では見せない無愛想な表情。だが、それが彼の“素”だった。
保健室の前に着いたその時、静かに開いたドアからふわりと甘い匂いが漂った。
中にいたのは——一人の少女。
白いベッドの上で、文庫本を開いていた彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
長い睫毛。整った横顔。そして、どこか寂しげな瞳。
「……誰?」
その声には驚きも興味もなかった。ただ、必要最低限の確認。
「……あんたこそ誰だよ。」
蓮もまた、感情のこもらない声で返す。だが、彼の中で何かが静かに動いた。
少女はベッドから体を起こし、本を閉じて蓮を見つめた。
「白鷺 鈴。……保健室常連。」
「花城 蓮。……不良代表。」
数秒の沈黙のあと、どちらともなく、ふっと笑った。
「で? どうしてそんな不良が、保健室なんかに?」
「教師に頼まれてな。見回りってやつだ。」
「……似合わないことしてるのね。」
その言い方が、なぜか蓮の胸にひっかかった。
似合わない——確かにそうかもしれない。
だが、鈴のその瞳は、どこかで“自分もそう”だと語っているように見えた。
「お前、具合悪いのか?」
「あんまり、健康体じゃないの。」
それ以上、詳しくは語らなかった。
だが蓮は、それ以上聞くこともなかった。
それがこの日、彼と彼女が初めて「少しだけ心をほどいた」瞬間だった。
窓の外では、夕陽が傾いていた。
二人の影が、ゆっくりと重なっていく。
——この日から、花城蓮の世界に「色」がつきはじめた。