年上男子、全員私にだけ甘すぎる件
Scene 2|音楽室の天使
——こんなに心臓がうるさいの、はじめて。
保健室のベッドで見上げた天井は、
びっくりするくらい、なんでもない白だったのに。
あのときの私は、胸の中がぐちゃぐちゃで、
頭もぼーっとして、うまく考えられなかった。
東雲 律先輩。
優しくて、静かで、でもどこか……ちょっとこわいくらい綺麗で。
あったかいのに、近づいたら壊れてしまいそうで。
「また、会えるといいな」
その声が、今でもずっと頭に残ってる。
名前を呼ばれた瞬間、息が止まりそうだった。
なのに、ちゃんと返事もできなくて……
もう、思い出すたびに顔から湯気が出そう。
——大丈夫。きっと、あの人はみんなに優しい。
わたしなんか、特別なはずない。
……って、思いたかったのに。
先輩の声も、言葉も、
なんかもう、勝手に胸の奥にしまわれちゃってて、どうしようもなかった。
「恋なんて、わかんないよ……」
小さくつぶやいた声が、ちょっと震えてた。
でもたぶん、それは春のせい。うん、きっとそう。
放課後。
なんとなく歩くスピードをゆるめて、
ふと立ち止まったのは、音楽室の前だった。
——ぽろん。
やわらかなギターの音が、扉のすき間から、ふんわりとこぼれてくる。
あっ、この音……
なんか、やさしい。
あの人の声に似てるような、でも少し違うような。
……え、なにこの音。すきかも。
気づけば、私はそっと扉のすき間をのぞいていた。
「……あれ? もしかして、聴いてた?」
びくって肩が跳ねた。
ギターを抱えた男の人が、こっちを向いて笑っていた。
「やば、かわいい子。……って、君、もしかして、ねねちゃん?」
「え、えっ……なんで……?」
(※あわわ、顔が熱い、え、誰、ていうかイケメンすぎん?)
目の前にいたのは、
まるで光をまとったみたいに、
眩しくて、華やかで、笑っただけでその場の空気を明るくしてしまうような——
“絶対モテる”って文字が背中に見えるレベルの、まぶしい年上男子だった。
「律先輩が言ってたよ。
“今日、保健室で天使を見た”って」
……えっ、て、天使って、だれ!? わたし!?!?
律先輩、ちょっと待ってください!?!?(※内心フルパニック)
「七瀬 陽向。二年。軽音部。よろしくね?」
笑顔が、反則レベルで爽やか。
ギターをぽろんと鳴らす指が、信じられないくらい綺麗。
光の中にいるって、こういう人のこと言うんだ……。
「俺、かわいい子には弱いからさ。
ねねちゃんの顔見てたら、ギターの音も変わる気がする」
「……っ、そんなの……言っちゃダメです……!」
「なんで? ねねちゃん、褒められ慣れてないでしょ?
かわいいのに。……ずるいなあ、そういうとこ」
うわ、まって、近い、笑ってる、きらきらしてる……むり……。
ねね、ショート寸前……!!
「ねねちゃん、今度さ、俺の演奏……もっと近くで聴いてくれない?」
「……え、えぇっ!?」
「俺、ぜったいもっとキュンってさせるから」
……え、ほんとにやばい、この人。
ギター持ってウインクするとか、反則すぎませんか……!?
でも、
その言葉に、ほんとに「キュン」ってなったのは、
間違いなく、私のほうだった。
陽向先輩の声は、明るくて、甘くて、
なのにどこか“奥に何かを抱えてる感じ”がして。
それが、律先輩とはまたちがうかたちで、
わたしの心を、引き寄せていった。
——どうして、みんな。
どうして、“わたしにだけ”——
そんな顔、するの。