紅い蝶の見る夢
足音を立てず静かに教室内に足を踏み入れる。
黒髪と黒い瞳がクラスメイト達の前に晒される。
「く、黒髪っ!じゃあこの子が…っ」
「入学式の時“蠍王”の幹部を半殺しにしたって言う…」
「“Bloody Butterfly”の、べ、べ…紅蝶っ!!」
あたしの姿に教室内が一斉に騒ぎ出す。
周囲を見渡すと顔面蒼白で肩を震わせる奴もいれば、頬を紅くしてミーハー心剥き出しに興奮している奴もいた。
それはあたしにとって不快なものでしかなく無意識に舌打ちが漏れた。どいつもコイツも不愉快で仕方ない。
「そんな怖い顔すんなよ。俺と違って耐性ねぇんだぞ。ほら、皆ビビってんじゃん」
「……煩い。あたしの席は?」
「そこだよ」
尚哉が指差したのは窓側の一番後ろの席だった。
授業をまともに受けない人間にとっては特等席のような場所。当然静かに過ごしたいあたしにとっても特等席なのだが、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに隔離されたその空間はこのクラスでのあたしの存在を体現しているように思えた。
あたしは肩に掛けていたスクールバッグを自分の机の上に投げ付けてドカッと音を立てて席に着いた。
「寝る。適当な時間になったら起こして」
「あ、寝るのは待った」
「………何?」
「だから睨むなって。海に紹介したい奴がいるんだよ」
「眠い」
「夜更かしばっかしてるからだよ。全くどこの馬の骨と遊んでたんだか」
「またそれ?いい加減しつこいんだけど」
「しつこくされたくなかったら誰といたのか…「ああ、はいはい。起きててあげるからとっとと紹介して」
尚哉の言葉を遮ってあの話題から話を逸らす。探られて痛い腹はないがあの約束をしてしまった以上、彼等との関係を大っぴらに口外することは出来ない。
すると尚哉は不満そうな顔をしながらもキョロキョロと周囲を見渡して誰かを捜し始めた。きっとあたしに紹介したい奴を捜しているんだろうが中々見つからないようだ。
「……いた?」
「いねぇ。アイツどこ行ったんだ?」
知るか。
そもそも何であたしに紹介する必要がある?
尚哉の交友関係なんて微塵も興味ないのに紹介されたところで「ふーん」としか言いようがない。
どうせあたしの知らない奴ならあたしの知らないところで勝手に仲良く連んでいれば良いのに。意味が分からない。
不意にガラッと教室のドアが開く。
と同時に活気のあるバカでかい声が聞こえて来た。
「セーフ!間に合ったー!」
まるでスライディングの如く豪快に現れたのは1人の男子生徒だった。
彼の制服は雨のせいで濡れておりポツポツと床に雫を落とす。それに気付いた彼は急いで制服のブレザーを脱いで傍にいたクラスメイトに「ごめん、乾かしといて!」と言って両手を合わせた。そんな彼の頼み事に嫌な顔一つ見せないクラスメイト。寧ろ進んでやろうとしていた。どうやら彼も尚哉同様このクラスの人気者らしい。
「お、噂をすれば。おーい、ヒロこっち来いよ」
尚哉の声にヒロと呼ばれた男子生徒が駆け足で近付いて来た。
「く、日下部さんっ!それに尚哉さんも!おおおおはようございますっ!」
「お」が多過ぎる。
「はよ。珍しいなお前が寝坊なんて」
「それが久しぶりに日下部さんとお会い出来ると思ったら嬉しくて興奮して眠れなくて…。面目ないッス!」
「だってさ、良かったな」
「別に」
1ミリも嬉しくない。
ただあたしを“日下部さん”と呼ぶこの男のことは少し気になった。