紅い蝶の見る夢



「おい、何であの時言わなかった?」



あたしは隣で暢気にコーヒーを啜る佐倉を睨み付けた。



「……おい」

「………」

「おいっ」

「………」

「無視してんじゃねぇよ佐倉!」

「あ、俺か?」

「アンタ以外に誰がいんだよ!?」

「無視されたくなければ主語を付けろ」

「煩ぇ!横で話し掛けてんだから気付けよ!察しろよ!」

「無理だ。俺はエスパーじゃないからな」

「アンタがエスパーでも宇宙人でもどうでもいいわ!てかあたしに恥掻かせて楽しんでんじゃねぇよこのドS鬼畜野郎!」

「被害妄想」

「誰が被害妄想だ!人を痛い奴みたいに言うんじゃねぇ!」

「ギャーギャー喚くな。鼓膜が破れる」



寧ろ破れてしまえ!そしてそのまま爆死しろ!



「……で、結局何が言いたいんだ?」



何、その「俺が一歩引いてやる」みたいな発言は?



「言いたいことがあるならはっきり言え」



え、どうしよう。
マジでウザい。ウザ過ぎんだけど。
言いたいことがあるならはっきり言え?
だったら…、



「死んでくれ」

「却下だ」



拳を突き出す前に後ろから不知火に羽交い絞めにされた。
いつの間に後ろにいたんだよ、気付かなかった。



「どーどー」

「家畜扱いすんな!」

「いや、目がまんまだったから……つい」

「あたしは牛じゃねぇ!」

「う、海さん落ち着いて!ほら、冠葉さんに言いたいことがあるんですよね!」



伊月の言葉で思い出した。
言いたいことと言うか文句だけど。



「……離せ」

「暴れんなよ」



不知火の手を振り払ってドカッとソファーに座って深呼吸する。
でも佐倉を睨み付けるのは忘れない。



「……何であの時言わなかったんだよ。旧音楽室のこともだけどアンタが“朱雀”の頭だったことも聞いてない」

「俺はあの場で説明しようとした。でもお前が走って出て行ったから説明する機会がなかった、それだけだ」

「それはアンタが…っ」



あの時のことを思い出すと腹の中から沸々と何かが湧き上がる。
あたしだけが知らない。あたしだけが除け者にされた。そんな感覚に怒りよりも悔しさが込み上げる。



『う、み…』



ああ、あたしはいつもそうだ。

気付いた時にはもう遅くて、手遅れで…。



腿の上で無意識に拳を握り締める。
そんなあたしの拳を佐倉の大きな手が優しく包む。



「俺が?」



その声に顔を上げると、驚いた。
佐倉の顔が至近距離にあったこともそうだけど、佐倉がいつもの無愛想とは少し違う真剣な表情であたしを見つめていたからだ。



えっ、……ち、近い。近いって。



「俺が、何?」



目を見開いて硬直するあたしを余所に端正な顔が更に近付いて来る。



「海」



あたしの髪に触れる佐倉の手が一つに束ねていた髪ゴムを解く。



「、」



やけに神妙な面立ちで、それでいて官能的な仕草にあたしは耐えられずにフイッと佐倉から顔を逸らした。
その瞳で、その声で、その表情で、そんな風に見つめられたら何も言えなくなってしまう。それでなくても佐倉は無駄に美人だから至近距離に顔があるだけで何とも言えない迫力があった。



「何でも、ない…っ」

「海」



あたしが逃げるようにソファーから立ち上がると、不意に佐倉はあたしの手首を掴んで動きを止めさせた。



「な、に…」

「さっきも言ったはずだ」



佐倉の瞳が真っ直ぐにあたしを射抜く。



「言いたいことがあるなら言えばいい。聞きたいことがあれば何でも聞け」



ああ、この目。
初めて会った時から嫌いだった、大地の色。
この目にバカみたいに見つめられると息が詰まるような不快な感覚が全身を駆け巡る。
その上、口から出る言葉は虫唾が走る偽善者めいたものばかり。反吐が出る。



「俺には、偽るな」

「……ハッ」



何も聞きたくない。何も見たくない。
嫌いなものから目を背けて何が悪い?
あたしは誰にも縛られず、誰にも飼われず、ただ目的のためだけに生きる獣だ。誰に何と言われようと自分の生き方を曲げるつもりはない。例えそれがあの人でも…。
あの日からずっとそうやって生きて来た。それなのに何で?何で今更嫌いな奴の言葉なんかに揺れてるんだろう。
嫌だな。思い通りに働かない思考も、押し潰されそうな感情も。
ああ、呼吸が出来なくなるってこう言う感じだったな。



「アンタにあたしの何が分かる」










苦しいね、   。


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