紅い蝶の見る夢
「んー…この匂い、間違いなく俺の海だ」
「誰がお前のだ。いいから離れろ」
あたしの髪に顔を埋める尚哉を引き剥がそうと試みるが、ひっつき虫のように中々離れてくれない。
尚哉はあたしの少し後に入った新入りで、残り一枠だった副隊長の椅子に見事収まった実力の持ち主だ。
そんな奴の世話係を一時期押し付けられたことが縁で今ではこの通りすっかり懐かれていた。
初めは誰にも懐かないクソ生意気な奴だったからそれなり扱い易かったのに、いつの間にか距離感がぶっ壊れた馴れ馴れしい奴へと変貌を遂げてしまっていた。
普通なら喜ばしいことだが、あたしとしては前の方がまだ可愛げがあった。解せん。
「だって海の匂いって落ち着くんだもん」
もん、じゃねぇよ。
お前がやっても可愛くないんだよ。
どうせなら桃にやってもらいたいわ。
「………あっ!!」
「何?耳元で煩い」
「海、浮気しただろう」
どっかで聞いたような台詞に溜息が漏れる。
「面倒臭ぇ…」
「てことは、どっかの誰かさんにも聞かれた?」
「ネチネチとね」
「うわぁ、想像付く」
「そう思うなら同じこと聞くな」
「で、あの馬の骨は誰?」
「だから聞くなって…。ただの知り合いだよ」
「それで納得するとでも?」
「納得しろ」
そもそも何であたしに彼氏がいることになっているのか分からない。
誰が何を見てどう思ったのか知らないが、完全なる誤解だ。悪意があるとしか思えない。
「ちょっと尚哉、いい加減海ちゃんから離れてくんない。海ちゃんが迷惑してるのが分からないのー?」
「あ、宮地さんいたの」
あたしの背中から尚哉を引き剥がしてくれた桃はあたしを自分の背中に隠して正面から尚哉と対峙する。
「何?もしかして海に彼氏がいるか気になって待ち伏せ?それってストーカーじゃん」
「ハッ、ストーカーはどっちだよ。海ちゃんの彼氏説が浮上した時、人一倍取り乱して自宅にまで乗り込もうとしてたくせに海ちゃんの前だと格好付けやがって」
「それはアンタも同じだろう。総長に止められなかったら家の人間使って一日中街を張らせるつもりだったくせに」
「悪い?そんなの僕の勝手でしょう」
「ああ、アンタの勝手だよ。好きなだけ海のケツ追っ掛け回してればいいじゃん。そんでとっとと海に嫌われてしまえ」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる」
桃と尚哉はくだらない言い合いを繰り広げながらバチバチと火花を散らす。
くだらな過ぎて口を挟む気すら起きなかったが、ストッパー役の総長には感謝しないといけない。
もし総長のストップが入らなければ………、想像しただけでも悍ましい。
「と、ところで、何で尚哉くんはここにいるんですか?」
「海を迎えに来たに決まってんじゃん。俺達同じクラスなんだから」
その言葉に桃の顔色が変わった。
「海ちゃんと、一緒のクラス、だと…?」
いつもの桃からは想像出来ないほどの地を這うような低い声に、伊月は「ヒェェ!!」と小さく悲鳴を上げる。
そんな伊月を横目に尚哉は更に桃を挑発する。
「あれ、言ってませんでした?」
「……聞いてねぇよ」
「(も、桃くんっブラック降臨!!)」
尚哉の奴、態と桃を煽ってるな。
後処理しないくせに面倒なことしてんじゃねぇよアホ。
「まあ、そう言うわけなんでここまで案内ご苦労さんでした。後は俺が引き受けますんで宮地さん達はどうぞ安心して自分の教室に戻って下さい」
「チッ」
桃の殺気が半端ない。
後ろでビクついてる伊月の気持ちがよく分かる。
きっと後で八つ当たりされるのだろうな、ご愁傷様。