私は君が好きで、君は二次元の私に恋してる

プロローグ

きっと、どこかに運命の人がいる。私と出会うことを、今か、今かと楽しみにしている王子様が。

 だから、お姫様は、その日がいつ来てもいいように、可愛くならないといけないの。

 そしたら、きっと、迎えに来るから。



 『昔、ヨーロッパのおくににある、小さな町に暮らす、ソフィアというかわいらしい女の子がいました。』



 当時、私が5つだった頃、寝付きの悪かった私に、お母さんが読み聞かせをしてくれたっけ。お母さんの読み聞かせが始まると、私は目を輝かせながら、絵本のソフィアに夢中になって見つめていた。

お話のタイトルは、『たった一つの王子との約束』。平民の心優しい女の子が、将来王子になることを約束された男の子に密かに恋をする話だった。読み聞かせ用の本に描かれた2人は、非常にかわいらしく、幸せそうで、今でも印象に残っている。



 お母さんの優しい声。感情のこもった声に、私はいつもこの時間が来るのを楽しみにしていた。私は、その声を聞くたびに、心がふんわりと温かくなる。感情のこもったその声が、私にとって、一番の幸せな時間だった。



 『ソフィアの通っているまほう学校には、まほうのお勉強も、スポーツも何でもできちゃうルイスという男の子がいました。ソフィアは、ルイスの事が好きでした。でも、ルイスは将来、国のおうじさまになることが決まっていて、けっこん相手も既に決まっていました。』

 『ルイスとソフィアは、がっこうが終わった後、よく一緒に遊んでいました。でも、ルイスは王国での大事なお仕事をお勉強しないといけなくなり、2人はだんだん遊べなくなりました。』

 『ソフィアはみぶんの差で叶わないと分かっていながらも、ルイスに会いたくて、さびしくなり、ついに家を飛び出しました。行く先はもちろん、ルイスが住んでいるあの場所へ。』



 そうお母さんが話すと、分厚い本をパタンと閉じた。



 私は、お母さんの行動に首を傾げる。



 「ままあ。つづきは? ねえ、つづきつづき。」

 「今日はこれでおしまいっ。ももちゃんは、もう寝る時間よ?」



 お母さんのニコッと笑う姿に、私は思わず涙を浮かべる。毛布を掴む力が強くなった。

 時刻はとっくに二十三時を過ぎていた。多分、普通の五歳児はとっくに夢の中だろう。外は白い闇に包まれ、窓の外からは、風の音だけが微かに響いている。

 しかし、当時の私は、むしろ眠気が覚めてしまっていた。お話の続きが気になって気になってしょうがなかったから。自分がソフィアになったような気分になっていた。



 「どうして、どうしてえ。ももか、まだねむくない。ふたりはどうなったの?」

 「ふふ。いい? ももちゃん。」



 お母さんは、私のほっぺを優しく撫でた。ほのかに自分と一緒のシャンプーの香りがした。それと同時に、そっと部屋の灯りが消える。辺りが見えなくなり、不安になる私を、お母さんの温かい手で抱きしめてくれた。そっと、毛布をかけながら。



 お母さんは、こうした雪の寒い夜でも、心と身体を温めてくれた。私の冷たい指先を、優しく。窓の外では雪が静かに降り積もり、部屋の中の暖かさがより一層強調される。私の冷たい指先を、優しく撫でながら、お母さんは手のひらで温もりをくれた。



 「ももちゃんも、いつか大事な人ができたら、お城を抜け出してもいいのよ?」

お母さんは、少しだけ微笑みながら言った。

 「おしろ?」

 「そう、ももちゃんのおうち。ここは、ももちゃんのお城でしょう? それで、王子様に逢いに行くのよ。」

 「お話の続きは、そのときになったら、ももちゃんが自分で考えるの。」

 「そのとき?」

 「ももちゃんにとっての、王子様よ。いつか分かるときが来るから、この話、覚えておいてね? ままと約束できる?」

 「も・・・ももか、できるもん! ままとのやくそくだもん!」



 私の嬉しそうな顔を見て、安心したお母さんは、私が寝付くまで、髪を撫でながら傍にいてくれた。



 お母さんと一緒に寝る夜は、いつだって心地よかった。



 でもそれは、長いようで、非常に短い夜だった。お母さんと一緒に寝る夜は、いつだって心地よかった。暖かな布団の中、静かな空気の中で、お母さんの存在を感じながら眠る時間。 



 それは、まるで夢の中にいるみたいに、幸せで安らかなひととき。



 私がはっきり覚えている記憶はこれしかなかった。その後、どうなったのかはよく覚えていない。



 このときの私は、母は何が言いたいのか理解できなかった。五歳という小さな女の子に、何故あんなことをいったのか。何故、母と約束しないといけなかったのか。



 ただ、一つだけ分かる事は、私にも、いつか王子様が現われることだけ。





 そして、母はその数年後に末期癌で亡くなり、その答えは未だ分からないままだった。

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