私は君が好きで、君は二次元の私に恋してる

第二話  『溺愛されると見せかけて』

「桃香…。オレ、迎えに来たぜ。アンタのこと、やっぱりほっとけなくて。」



 気づけば私は、ベッドに仰向けで、リュシアンがそのすぐ上にいた。彼の手が肩を押さえてる。重くはないけど、逃げられないくらいの力。シーツの上に倒れ込んだ私の右手が、彼の腰に軽く触れてしまう。



 彼は無言で私を見下ろしていて、その体温がじわじわ伝わってきた。逃げようとしても、肩を押さえる彼の指がぴくりとも動かない。心臓の音が耳に響いて、自分の呼吸がうるさいほどだった。



 吐息が髪に触れて、妙に熱い。息をするたび、彼の香りが近づいてくる。



 絹のように光る白髪に、ほのかに漂うバラの香り。耳に落ちてきた声は、まるで楽器の音色みたいに上品だ。一体、どうなっているのだろうか。中に、声優でも飼っているのか…?



 目の前に、リュシアンがいる。ゲームの画面でしか見たことのない彼が、まばたきをして、呼吸をして、服の裾が空気に揺れている。それが、どうにも現実感を失わせた。ゲームのスチルと同じように、白と赤の王子様のスーツを着ている。



 時計の秒針が聞こえなくなる。心臓が飛び出そうで、どこを向いたらいいのか分からなくて。どの方向を見つめても、彼の存在が溢れてしまう。



「あ…。」



彼と目が合う。ルビーの瞳が綺麗。絵本から飛び出したみたい。いや、本当に次元が違うんだけど。



 も、もしかして、この流れって…



 もしかして、これって…三次元の私に恋しちゃって、現実で甘々に溺愛しちゃう…そんな夢みたいな展開?



 ああ、これ多分夢だ。普通に考えて、二次元の乙女ゲーのキャラが私の部屋にやってくるわけ無い。どんだけ欲求不満なんだ、わたしは。



 それじゃあ、ちょっとだけ思い切ってもいいよね。夢ならお願い、覚めないで。神様。



 私は、勇気を振り絞って目をきつく閉じた。



 ええい! もう、どうにでもなっちゃえ!



「….は?」



 低い声を発した彼。恐る恐る、目を開けるとさっきよりも、彼がクリアに見えた。こんな完璧すぎている顔を再確認して、私がさっきやろうとしていた行動が恥ずかしくなる。



「いやああああ! やっぱり、本当、本当に無理だからあ!!」

「いや、無理なのはオレのほうなんだが・・・。」

「あ、あの!! わたし、そ、その…。」



 私がもじもじしていると、彼が起き上がって、頭を掻いていた。



「何してるんスか。おばさん。」

「お、おばさん!? 」

「何がしたいんですか・・・。早く、桃香に会わせて下さい。それに、ここどこですか。なんでこんな、ボロい家にオレ様が・・・。」



 ぼ、ボロい…?



 はっ!



 散らかったプリントと化粧ポーチ、飲みかけのペットボトル、昨日脱いだパーカーが椅子の背に引っかかってる。床にはゲームのケースやぬいぐるみが転がっていて、とても『女の子』が住んでる空間じゃない。



「ちょ、ちょっと! 私、おばさんじゃない! ピチピチの十七歳です! あと、私が宮桃香なんだけど!」

「わ、私のことが好きなんでしょ? お城で私のこと探してたんでしょ? いいじゃない。ここにいるわよ。私も、リュシアンのこと、ずっと、ずっと待ってたし…。」

イケメン相手に、私は言葉がつまり、意味の無いことをべらべら話し始める。

「気安くオレの名前を呼ぶなよ。きもち悪いな。」

「…え?」



 言い合いしても埒があかないと分かったので、とりあえずお互いの状況を整理した。



 まず、彼の名前を聞くと、やはり、リュシアン・アーチャーと、ゲームと一緒のようだった。メルシェン学園三年生で、今日が卒業式だったらしい。そして、主人公である、宮桃香の事が忘れられず、父親の反対を押し切り、ベル・エタルノ城に駆け込んだ。そのとき、私の姿が見つからず、急いで走っているとき、不自然なまばゆいトンネルを見つけて、吸い込まれるように、こちら側に来たらしい。



 つまり、リュシアンは、二次元の私を捜し求めた結果、三次元の私と出会ってしまったというわけだ。

一応、私の話もしておいたが、一ミリ単位も信じてもらえず、『リュシアンは、この乙女ゲームの攻略対象の男だよ。』と話しても、攻略本を見せても、ゲームのカセットを見せても、そもそもこの世界の言葉が通じないらしく、『インチキだ。』といって、最終的には何も聞いてくれなくなった。



 ではなぜ、日本語は話せるのだろうか。それは一向に謎である。まあ、夢というモノはいつだって矛盾が多すぎるから、よしとしよう。このまま夢を見続けよう。



「…にしても、アンタが桃香なんて、作り話しないでもらえます? 桃香が汚れますので。」

「は!? だから、私が宮桃香だって言ってるじゃん! 何度言ったら分かるの!? 二次元の私と勘違いしてるでしょ。本物の私はこれですー! どう? かわいい? 現実の私も可愛いでしょ?」



 腕を組み、偉そうな彼のまえで、私は、勢いよく立ち上がり、この地域では評判の高校の制服をアピールしながら、一回転した。



「中途半端なツインテール、アホ毛もでてるし、肌も綺麗じゃない。まあ、優しく言えば、芋女だな。靴下も、左右長さつがうし。」

「ちょっ、女の子にそんな言うことないでしょ。」

「アンタがオレに惚れたからって、自分の事を宮桃香だと言い張るからだ。これくらいちゃんといった方が現実見れていいだろう。オレ様に惚れるなんて、百年早いんだよ。ジャガイモ女。」

「だ、誰も惚れたなんて言ってないじゃん! 勘違いもほどほどにしてもらえますかねっ!」

「オレは、桃香が一番なんだよ。」

「…っ、それは、私!!」

「はあ、よくしゃべるジャガイモだな。」



 やっぱり、絶対夢だ。こんなこと。



 確かに、リュシアンは、どこか棘はあるけど、ユーモアのある言い方をしてくれる。なのに、これじゃあ、冗談じゃなくて、本気で言われてるみたいじゃん。



 まあ、最近にしては面白い夢だったな。

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