私は君が好きで、君は二次元の私に恋してる

第七話  『新婚気分と、思い出の味』

「ほら、リュシアン。できたよ。」



 調理には、約一時間半かかった。普段はカップラーメンばかりの私だけど、今日は母のレシピノートから、オムライスを選んでみた。



 母は、生前、料理が趣味だったらしい。かつて、母の部屋だった本棚に手作りの料理本が大量に置いてある。私は、気分が乗ったときに、たまにレシピ本を手に取り作ることがある。



 それは、非常にわかりやすく、某スマホアプリよりも、分量や注意点、感想、作った日付、写真が細かく記載されているのだ。母の独特な文字を見ると、『このときは、まだ元気だったんだな』と、思い出にふけることがあり、たまに切なくなる。



 オムライスを選んだ理由は一つ。とろりとした卵の上に、ケチャップで『リュシアン』って書きたかったから。

 そうすれば、いくら御曹司の彼でも、興味を持ってくれるだろうし、何より、ラブラブな新婚夫婦を味わうことができる。



 戸惑う彼の前に、堂々と、オムライスとサラダ置く。



「また、変なのが出てきた。今度はなんだ。」

「これは、サラダと、オムライス。黄色いのは卵ね。その下には、ケチャップライスよ。」

「…? 何だ、この赤い文字は。」



 しまった。彼は、日本語は話せるが、日本語は読めない、という設定をすっかり忘れていた。せっかく、新婚夫婦を味わう予定だったのに。ちょっとだけ、残念な気持ちになる。



 しかし、彼に又、文字を教えてあげるのも初初しくて、悪くない。



 私は、彼に、文字を一文字一文字、指を指しながら、丁寧に教えてあげた。指先が文字をなぞるたびに、リュシアンの視線がその動きに追いつく。



 彼の目が、私の手元に集中しているのがわかる。その静かな表情の裏には、何かを考えている様子が感じ取れた。



 目の前で赤いケチャップが少しずつ滲んでいく様子を見ながら、私はゆっくりと、口を開いた。



「これは、カタカナって言うの。日本語で『リュシアン』ってかいてある。自分の名前なんだから、早めに覚えておくと良いでしょ。」

「そういえば、今日、周りの奴が、これを、オレの名前だっていってたな。ふうん、なるほど。」

「うん、じゃあ食べてみて。」



 彼は、快く食べてくれるかと思い、スプーンを握るかと思ったが、手を動かさず、私の顔を見て、眉間に皺を寄せる。



 すると、どうやら彼の興味はオムライスよりも、サラダにあるらしい。サラダの皿を自分の方へと近づけていた。



「何言ってるんだ、まさかこれだけじゃないだろう、コース料理は、前菜からだ。これか?これであってるのか。」

「それは前菜であってるけど、ただのサラダだよ。こういうのは、二つをバランス沃野ベルの。文句があるなら、食べなくて良いよ。まあ、リュシアンの夜ご飯がないけど。嫌なら、我慢してよね。」

「…オレ様を誰だと思ってるんだ?」



 私は、あえてなにもいわない。なぜなら、言いたいことは、彼よりも、先に話終わったからだ。



 ジトッと、彼の顔をみる表情に気づいたのか、疑いの目を向けながら、そっと、オムライスを口に運んだ。 



 徐々に、噛むスピードを遅めて、味を感じようとしているのが伝わってくる。



「へえ。こんな味か。」

「どう? 美味しい? お母さんが昔よく作ってくれたの。」

「まあ、どっちかっつーとうまいな。」

「よし!!!」



 一瞬、彼の口角が上がる気がして、私は大きくガッツポーズをした。



 思わず嬉しくなって、私も自分のスプーンを手に取る。オムライスを一口すくって、口に入れた。



 卵のとろみと、ケチャップライスの甘酸っぱさが舌に広がる。母が、私によく作ってくれた味に似せられた気がする。



 母のぬくもりを感じて、少しだけ、胸がきゅっとなる。



「お母さんの味だ…。」



 私がぼそっとつぶやくと、リュシアンがちらりと、こちらを見る。



「どうした?」

「ううん。なんでもない。」



 私は、切ない思いを飲み込むように、もう一口食べる。



 彼が、今隣で、私の料理を食べてくれている。いつもより、部屋が温かい気がする。



 家で、こうやって、同じ料理の感想を分かち合えるなんて、久しぶりで、涙が出そうになった。
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