お断りしたはずなのに、過保護なSPに溺愛されています

優しさの隙間

マンションのエントランスを出ると、すでに橘が待機していた。

今日も変わらずの黒いスーツ。
隙のない立ち姿、背筋の伸びたシルエット。
けれど、顔を向けた彼の目には、いつもよりわずかに柔らかさがあった。

「……目が、赤いですね。体調、大丈夫ですか?」

紗良は一瞬戸惑ったように瞬きをして、それからふっと目線を落とした。
強がるような言い訳をする気力も、今朝はもう残っていなかった。

「……寝不足です。ちょっと、いろいろと考えてしまって」

橘は深くうなずくと、歩き出す紗良の一歩後ろに立ってついてきた。
会社までの車中は静かだったが、不思議と気まずさはなかった。

到着して建物に入り、執務室へ向かう途中、
人目の少ない廊下に差しかかったところで、橘がそっと声をかける。

「もし、具合が悪くなったら。無理せず、いつでも声をかけてください。
できる限りの対応は、すぐにしますから」

その言葉に、紗良は足を止めて顔を向けた。
彼の表情は変わらない。
けれど、真剣な瞳が、ちゃんと自分を見てくれている気がした。

「……ありがとうございます」
自然と、口元がふわっと緩む。
久しぶりに心の奥から出たような、やわらかい笑顔だった。

その笑顔に、橘のまなざしもほんの一瞬だけ緩んだように見えた。
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