「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「興味って、その、異性としてじゃないですからね。シナリオを教えてくれる先生はどういう経緯でカルチャースクールに来ているのかなって、ちょっと思っただけですよ」
「つまり、俺の先生の部分に興味があるってこと?」
「そうです。シナリオ講師という職業が気になったので」
「藍沢さんもシナリオ講師やりたいの?」

 意外な質問が返って来て、頭を左右に振った。

「いや、そこまでの興味はないですから。ほら、先生、昨日、好奇心が大事だって授業で話していたでしょ? だから、気になったことを深掘りしてみようかと思って」

 先生が感心するように頷いた。

「なるほど。俺の教えに忠実に質問をしたというわけか。藍沢さんは真面目だね」
「それくらいしか取り柄がないですから」
「そんなことないよ」

 先生がじっと私を見つめる。
 視線を感じて頬が熱くなる。

「何ですか?」
「藍沢さんは俺をほっとさせる才能があるよ」

 先生が私の頭を撫でる。優しい触れ方にドキッとして、体を後ろに引くと、先生が心配そうな顔をする。

「ごめん。いきなり触ったりして」
「いえ」
「なんか藍沢さんが可愛くて、撫でたくなった」

 また先生は私を動揺させる。

「可愛くないですよ。私、若くないし」
「二十八歳は若いよ」
「なんで私の年知ってるんですか?」
「名簿に生年月日も書いてあったから」

 そう言えば申し込む時に生年月日も書いた。あの情報で名簿が作られたのか。

「生徒全員分の生年月日を確認しているんですか?」
「いや。藍沢さんが気になったから確認しただけ」

 どうして先生は思わせぶりなことばかり言うのだろう。
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