「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
 先生も後ろの二人の会話が耳に入っていたんだ。それで、私のために恋人のふりをしてくれたわけか。

「先生も人が悪いですね。私は別に何を言われても平気だったんですよ。知らない人が言ったことだし」
「俺が嫌なんだ」

 ドキッとするほど真剣な表情を先生が浮かべた。

「藍沢さんが悪く言われるのは嫌なんだ。俺といるせいで不快な思いをさせてごめん」

 先生が頭を下げる。

「頭を上げて下さい。先生は全然悪くないですから。それに先生のせいでもないし」
「いや、多分。俺のせいだ。昔からなぜか一緒にいる女性が悪く言われるんだ」
「きっとそれは、嫉妬ですよ。先生のような素敵な男性と一緒にいるのが羨ましくて、女性を攻撃するのだと思います」

 先生が瞬きをする。

「そんな風に思ってくれてありがとう。藍沢さんは優しいな」

 先生が優しく微笑む。

「優しいのは先生の方ですよ。海浜公園から私を連れ出してくれたし、家にも泊めてくれたんですから」
「藍沢さんのお見合いの日か。藍沢さんに似てると思って見ていたら、本当に藍沢さんだったから驚いた。海浜公園にはよく行くの?」
「えー、まあ。実は高校が海浜公園近くにあったもので。それであの公園を好きになって、嫌なことがあると海の音を聞きに行くんです」
「もしかして、西浜高?」
「そうですけど」

 先生が驚いたように目を見開いた。

「俺、高校生の藍沢さんに会ってるかも。『アオの教室』の脚本を書くためによくあの辺に行ってたんだよ」
「え、だって『アオの教室』の舞台は鎌倉でしたよね?」
「ドラマ撮影は鎌倉だったけど、俺がイメージしたのはあの海浜公園近くにあった西浜高だったんだ」

 大好きなドラマの舞台が私の母校だったなんて……。
 驚き過ぎて頭が真っ白になる。

「それで、西浜高の生徒にペンを拾ってもらったことがあってさ。その子が何となく藍沢さんに似ていた気がするんだよ」
 ハッとした。そのような話を聞いたことがある。
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