「逃げていいんだよ」と彼は言ってくれた。
「へえー片思いか」

 クリームパンを食べると、甘く感じたクリームがなぜか苦く感じる。

「いいな恋する男子ですね」

 茶化すと先生が照れくさそうに笑った。

「男子って年じゃないよ。藍沢さんはどうなの? 恋してる?」

 今、一番聞かれたくない質問だ。
 してますよ。先生に。とは言えず、曖昧に笑って誤魔化す。

「私は……前の恋愛が最悪だったから、当分そういうのはいいかなって思います」
「そうか。少し時間が必要かもな。でも、きっといい人に出会えるよ。藍沢さん、魅力的だから」

 魅力的という言葉がお世辞にしか聞こえない。
 先生は優しいから、気を遣って言ってくれたんだろう。

 赤井さんにお願いされた新作の脚本のことを先生に頼むつもりだったけど、言えなくなった。今は先生と一緒にいるのが辛い。

 私はパンを食べ終わると、用事があるからと、急いでイートインスペースから辞去した。
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