雨と妖精に導かれて ──御曹司CEOからの溺愛ラビリンス

【第28章『空を駆ける誓い』】

 リオデジャネイロ、青空が天を割くように広がっていた。
  澄みきった大気に、太陽の光が眩しいほど反射し、地平線まで続く海と空の境界が曖昧になる。
  コパカバーナの白砂に無数の人々が集い、誰もが同じ方向――空――を見上げていた。
 「信じられない……」
 美里は、着慣れないブラジルの民族柄のワンピースに身を包み、広報特設席から空を見上げていた。
 大空を滑るように描かれる飛行機雲。
  それは航空ショーのリハーサルではなく、実際の“操縦任務”の一環。
  そして、その機体の副操縦席には、泰雅が乗っていた。
 「まさか、本当に飛ぶなんて……」
 「彼は、もともとそれが“原点”なんです」
 隣にいた航空会社の代表が穏やかに笑った。
 「彼の母君は、有名なテストパイロットでした。あの方が空で命を落としたあと、しばらくして泰雅さんが一人で操縦ライセンスを取りに来た。まだ十代の頃です」
 「……知らなかった」
 「でも、今日の飛行には意味がある。“翼の継承”です」
 その瞬間、場内にアナウンスが響く。
 『ただいまより、有栖川エア×ブラジル航空共同運行の特別デモ飛行を開始いたします。副操縦士は、有栖川泰雅氏』
 観客が一斉にどよめく。
  だが美里の鼓動は、それ以上の速さで鳴り響いていた。
 ――泰雅さん、あなたはなぜ、今、空に上がったの?
 この答えを、美里はこれから知ることになる。



 機体は軽やかに滑空していた。
  雲を裂くように空を駆け、宙返りのたび、翼が光を弾く。
  その中で泰雅は、操縦桿を握る手に力を込め、心の中で母の姿を思い出していた。
 《“空”は、見るものじゃない。感じるものよ。あなたも、いずれわかるわ》
 母が亡くなった日、空はとても澄んでいた。
  けれど、その空が自分からすべてを奪ったと、そう信じていた。
  だが――
 「……違ったんだな。母さん、君が教えてくれた空は、“命を運ぶ場所”だったんだ」
 その瞬間、機内に非常通信が入った。
 『サブ機のエンジンに異常発生! コントロールロスト、緊急支援要請!』
 泰雅の目が鋭くなる。
 「コース変更。サブ機の前方に回り込み、風圧制御で機体の姿勢を安定させる」
 「できますか?」
 「やるしかない。……あの子に、“空が怖い場所じゃない”って教えたい」
 彼がそう言ったとき、遠くからサブ機がぐらつきながら現れた。
  機内には親子三人。幼い少女が、窓越しに涙を流しているのが見えた。
 泰雅は旋回し、サブ機の進行方向を読み、正面から風の壁を作るように機体を傾けた。
 「いける……もう少し……」
 風圧が揺れる。
  気流が絡みつく。
 そして――サブ機の挙動が安定した。
 観客の息が止まったその瞬間、空に“虹の尾”が描かれた。
  妖精たちが、風とともに舞い上がったのだ。
 美里はその光景を見て、思わず立ち上がった。
 「泰雅さん……!」
 翼の妖精たちが、ふわりと彼女の手のひらに降り立つ。
 《彼はもう、空を憎んでいないよ。空は、“誓い”の場所になったから》
 無事に着陸したあと、拍手が割れんばかりに響いた。
  泰雅は機体から降り、観客の歓声に包まれながら、美里のもとへと歩いてくる。
 「……見てた?」
 「ええ。ずっと」
 彼は微笑み、手を差し出した。
 「俺の空には、君が必要だ。これからも、隣にいてくれるか?」
 「もちろん。だってあなたは、私の“空を駆ける誓い”そのものだから」
 ふたりは、掌を重ね、空を見上げた。
 そこには、光の輪が浮かび、“家族”という未来の象徴が微笑んでいた。
 【第28章『空を駆ける誓い』 終】
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