隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)
(疲れた)
仕事が終わって、帰ろうとする。
なんだか今日はいつも以上に疲れている。桐山くんは朝のミーティングが終わったあと、そのまま営業に行って、戻ってこなかった。おかげで心臓が保った。
(……今日はお酒でも買おうかな)
普段飲まないものの、甘いお酒は好きだ。
作る気力もないし、適当に買っていこうかなと思いながら、駅の改札をくぐる。
(何を買おう?)
足早に歩きながら、考えていると前方から名前を呼ばれた。その声に釣られて、足を止めてしまう。
「……やっぱり桃子じゃん」
スーツにメガネを掛けた真面目そうな男。けれど、自分は知っている。目の前に居る男は真面目なんかじゃない。それどころか……。
(最悪)
なんでこんな男に会ってしまったのか。眉間に皺を寄せて、そのまま立ち去ろうとした。こんな男に関わってはいけない。
「ちょっと、待てって!」
逃げるようにして身体を反転させた。しかし、男は大股でわたしに近付き、腕を掴む。
「……ぃ、っ」
所有物を掴むような遠慮のない仕草。痛みに顔を顰めても、男は離す気がないようだ。
「少し話そうとしただけだろ? そんなに嫌がるなって」
軽薄そうな声でわたしを宥める。馴れ馴れしく肩に腕をを廻されても嫌悪感しか湧かない。
(なんでこんな男に……)
男の名前は加藤諒一。大学四回生の頃。わたしはこの男と一ヶ月だけ付き合ったことがある。
「あれから他の男と付き合えた?」
ニヤニヤと面白そうに目を細める。猫が鼠を見つけた時のようなギラついた視線に、負けるものかと睨みつける。
「離して。貴方には関係ない」
「そんなことないだろ。まだ処女なら俺が貰ってやろうか?」
駅のホームで何を言っているのか。デリカシーのない言葉に怒りが膨れ上がる。
(なんでこんな男と付き合っていたの?)
見る目のなかった自分自身にも腹が立つ。諒一は卒業後。地元で就職すると言っていた。だから、もう会わないと思っていたのに!
「離して、って言っているでしょう」
抵抗しても力で叶わない。ならば、周りで助けてくれる人は居ないか?
そう思って見渡しても、誰も面倒ごとに関わりたくないのだろう。サッと顔を背けられる。
勝ち誇った顔の諒一から逃れたい。こんな男に触れられたくもない。
不快感に顔を歪めれば、龍一はますます笑みを濃くした。
この男はわたしが勝てるものか。そう侮っているのだ。
抵抗していた力を抜いて、諒一を見つめる。
そして、隙が生まれたその瞬間。
わたしは彼の足をヒールで思い切り踏んで、彼の腕を振り切った。
「……く、そ」
バクバクと心臓が早鳴る。嫌な動悸に、脂汗が額に滲む。
また捕まらないように、無茶苦茶に駅のホームを走っていると、知った顔と目が合った。
「花咲さん……?」
驚いた様子で彼がわたしの名前を呼んだ。
どうしたんです、と彼がわたしの元へと近付く。その偶然に泣きそうになった。