ダイニングに洋書を飾る理由 - 厳しすぎる室長が、やたら甘い
 エレベーターのドアが閉まり、樋口さんの姿が視界から消えた。

 その瞬間、沙耶は深く息をついた。
 何かに耐えていたわけじゃないけれど、身体が勝手にそうした。

 ――「上層部には評価されてるけど、孤立してるのよ」
 ――「結果に敏感。成功したって言わせたいのよ」

 あの人が、そんな風に見られてるなんて。
 知らなかった。いや、見ようとしていなかったのかもしれない。

 私が見ていた真鍋さんは、優しくて、穏やかで、
 指先がふと触れたときに、少し戸惑ってくれるような人だった。

 でも、それは――
 彼のほんの一部でしかなかったんだ。

   ◇◇

 彼が、どれだけの人に期待されて、
 どれだけの重圧の中で仕事をしているのか。

 誰にも本音を見せないで、
 静かに戦っていること。

 そういう彼の“顔”を、私はたぶんまだ知らない。

 なのに、知ってるような気になってた。
 それが、ちょっと恥ずかしくて、悔しくて。

 ……知りたい。もっと、ちゃんと知りたい。
 彼が何を思って、何を背負ってるのか。

 でも、それを知ったら、私はまだ好きでいられるんだろうか。

 そんな不安も、少しだけある。

 それに――

 樋口さん。
 あの人の言葉には、直接的な嫌味はなかった。
 むしろ、親切を装っていた。でも、わかってる。

 あれは、“私の方が彼をよく知ってる”って、見せつける言葉だった。
 笑顔で、遠回しに、でも確かに線を引いてきた。

 争うつもりはない。
 でも、踏み込まれたくない。

 仕事でも、恋愛でも。
 自分の場所は、自分で守らなきゃ。

 エレベーターの階数表示が上がっていくのを見つめながら、
 沙耶は、唇を結んだ。
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