ダイニングに洋書を飾る理由 - 厳しすぎる室長が、やたら甘い

第三話 「チェスに興味はないけれど」

 土曜日の朝。
 沙耶は、少しそわそわしていた。
 デートというわけではない。けれど――プライベートで男性と待ち合わせなんて、いったい何年ぶりだろう。

 クローゼットを開き、服を選ぶ。

―― 知的な雰囲気の人だったし、上品な感じのほうがいいかも。

 沙耶は、カーキ色のコットンレースのワンピースを手に取った。

 待ち合わせは、秋葉原駅の電気街口。
 彼は、ベージュのチノパンにシンプルなグレーのTシャツ、黒のサマージャケットという軽やかな装いで立っていた。

「行きましょうか」
 彼が微笑む。
 二人は並んで、電気街を歩き出した。

 ゲームの派手なロゴや、大きな萌えキャラのイラストが掲げられたビルが並ぶ通りを進む。

「秋葉原って、どんどん変わっていきますね」
「そうですね。昔よりずっと雑多になったかもしれませんね」

 チェスクラブは、メインストリートから一本裏手の地味なビルの二階にあった。
 一階は、中古パーツを扱うショップのようだ。

 階段を上がり、扉を開けて中に入ると、ガラスケースの中に様々なチェスセットが並んでいる。
 木製、金属製、デザイン性の高いもの――インテリアとしても見栄えがしそうだ。

 テーブルでは、すでに一組の対局が始まっていた。
 奥の部屋には、三組の親子連れ。そのうちの一人の子どもが、そわそわと歩き回っている。

「十時から初心者向けの講座が始まります。席料は1,500円ですが、どうされますか?」
 案内の男性が声をかけてくる。

 沙耶は、黙って俯いた。

「……どうかした?」

 彼が心配そうに声をかける。

「実は、あの日……」
 沙耶は、小さな声で打ち明ける。
「ダイニングキッチンに飾れる、おしゃれな洋書を探していただけなんです。
 チェスに興味があったわけじゃなくて……ただ、どんな場所か気になって」

「ははっ……」
 彼は、笑った。
「それって、半分はデート気分ってことかな。――それはそれで、嬉しいけどね」

 沙耶は、頬が火照るのを感じた。慌てて表情を整え、できるだけ落ち着いた声で答える。

「……ええ」

「近くに落ち着けるカフェがあるよ。よかったら、そこで少し話しませんか」

 彼の提案に、沙耶は小さくうなずいた。
< 3 / 15 >

この作品をシェア

pagetop