ページのすみで揺れていたもの

変わり始めた日常

血液検査の結果を説明すると訪ねてきた藤澤先生。

看護師に何か耳打ちし、
「面談室に行きましょう」
とベッドを動かそうとしている。

面談室に着くと藤澤先生は椅子に座る。

手元のファイルを開きながら、彼はいつも通りの声で話し始めた。

藤澤「検査結果の前に、少し聞いておきたいことがある。……最近、体調の変化は?」

「……体調の変化……ですか?」

少しだけ考える。
何を“変化”と呼べばいいのか、正直なところ分からなかった。

藤澤「たとえば、微熱とか、だるさとか。食欲とか、体重とか」

「あ……熱は、夜になると微熱が続くことが何度かありました。
 日中は元気で……食欲も、まあ普通にありました。
 でも、疲れやすいというか、動いてるとすぐ息が上がるような感覚はありました」

藤澤は表情を変えずに、淡々とメモを取っていく。
でも、どこかその目だけが鋭くなったような気がした。

藤澤「その疲れやすさとかだるさって、自覚し始めたのはいつから?」

「たぶん……1ヶ月くらい前、先生と一緒の夜勤でふらついたのを誤魔化した日、あの日くらいから……でも微熱が1週間続いたけどその後すぐ治ったっていうのはもっと前にありました。」

彼は深くうなずき、手元のファイルを閉じた。

藤澤「わかった。じゃあ、検査結果、見てもらおうか」

ファイルの一部を開いて、私の目の前に検査データを差し出す。

藤澤「これ見て、どう思う?」

目を走らせた瞬間、息が止まった。

――WBC(白血球数):52,000/μL

(……え?)

「白血球が基準値の、約5倍……」

かすれた声でそう呟くと、藤澤は黙って頷いた。

藤澤「さっき聞いた症状とこの検査結果を考えると――白血病の可能性を否定できない」

言葉の意味はすぐに理解できた。

“白血病”――
患者さんに説明する機会も、何度もあった病名。
でも、それが自分に向けられることになるなんて、1ミリも想像していなかった。

藤澤「確定診断のためには、骨髄検査が必要だ。
今日明日で検討して、どうするか決めよう」

「……そう、ですか」

声は出たのに、自分のものじゃないように感じた。

部屋の空気が、急に重たくなった気がした。
何も変わっていないはずなのに、何かが音もなく崩れていくような感覚。

“これはただの疲れだ”
そう思い込んでいた日々が、遠くに感じた。

そして、“変わり始めた日常”の意味が、ようやく胸に落ちてきた。
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