『天空の美容室』 ~あなたと出会って人生が変わった~

(2)


「宮国のことで相談があるのですけど」

 スマホの声の主は神山だった。
 昨日の夜、西園寺と3人で会った時、元気がなかったという。
 会社に居場所がなく、といって転職する気にもならず、鬱々とした日を過ごしているというのだ。

 わたしも気になっていた。
 あの夜、天空のライヴレストランがオープンした夜、「俺の居場所がなくなった」と言って酒を呷る彼の姿が脳裏から消えることがなかったからだ。
 しかし、開店準備に忙殺され、気にはなりつつも、時間を割くことができなかった。

「早く手を打たないと」

 このままずるずるとダメになっていく姿を見たくないという。

「う~ん、そうなんだけど……」

 気持ちはあっても、どうすればいいかわからなかった。
 転職する気がないと言っているのに、縄を付けて無理矢理引っ張るわけにはいかない。

「せめて、配置転換してもらったらどうかな?」

「ええ、それも言ったんですが、新薬開発以外にやりたい仕事はないそうなんです」

 「だったら研究部門に戻してもらったらいいんじゃないの」

「それが、ダメなんだそうです。休職して大学院に行く時に研究部門のトップとひと悶着あったらしくて、今更戻してくれとは言えないそうなんです」

 進行中の新薬探索テーマを中断して休職したので、「戻る席はないからな」ときつく言われたらしいのだ。

「そうか~」

「そうなんです。で、相談というのは、高彩さんが勤めていた会社に彼を紹介いただけないかと思いまして」

「えっ、QOL薬品?」

「はい。ホームページを見たら研究者の募集があったものですから、どうかなって思って」

 知らなかった。
 まあ、会社を辞めてからホームページを見ることもなくなったから、知らないのは当然のことだが。

「で、彼はなんて言っているの?」

「いえ、まだこのことは話していません。門前払いされるかもしれないことを言うわけにはいきませんから」

 それはそうだ。
 QOL薬品が興味を示して会いたいと言わない限り、前には進めないのだ。

「わかった。どうなるかわからないけど、社長に相談してみるよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

        *

 社長に相談する前に、ホームページを確認した。
 確かに研究職の募集はあったが、品質管理部門と表示されていた。
 新薬開発の研究員ではないようだ。
 これでは食指は動かないだろう。
 ガッカリしたが、せっかく覗いたのだから、他の募集も見てみようとページを動かしていると、経営企画職という文字が目に入った。
 仕事内容を見ていくと、経営目標の策定、実施計画の立案、進捗管理などとあったが、具体的な職種として、ポートフォリオ担当というのがあった。
 見た瞬間、ピンときた。
 宮国は研究開発推進本部で正にポートフォリオを担当していたのだ。
 わたしは目を皿にして具体的な業務内容を見ていった。

 ・社内の開発品に加えて、社外の有望な開発品を見つけ出し、付加価値の高い開発戦略を立案する
 ・それぞれの開発品への投資配分を最適化し、費用とスケジュールを効率的に管理する

 読み終わった時、目を輝かす宮国の顔が思い浮かんだ。

 善は急げ!

 すぐさまQOL薬品の社長にメールを入れた。

        *

 翌日、返信があった。
 人事部長と経営企画部長を紹介するので、具体的な話はそこでしてもらいたいという。
 わたしはすぐにお礼のメールを打ち、両部長のアドレス宛に用件を記したメールを送った。

        *

 翌日、宮国の履歴に興味がある、と返信があった。
 面談をしたいので履歴書を至急送って欲しい、と書かれていた。
 わたしはすぐに神山に電話を入れ、宮国に会うことにした。

        *

「経営企画室のポートフォリオ担当ですか?」

 久々に会って近況を報告し合った時は浮かない顔をしていたが、本題に入った途端、目を輝かせた。思った通りだった。

「QOL薬品に君のことを話したら興味を持ってくれてね。それで、会ってみたらどうかなって思って」

 ホームページの求人内容を印刷した紙を宮国に向けると、彼は食い入るように目を走らせた。

「どうかな?」

 何も言わずに文字を追っている彼に焦れたのか、神山が声を出した。
 しかし、宮国は顔を上げなかった。
 一語一語、脳に刻み込んでいるのだろう、わたしは彼が口を開くまで待つことにした。

        *

「信じられません」

 それが宮国が発した最初の言葉だった。

「こんなことがあるなんて、信じられません」

 経営企画の仕事は探したこともあったが、その時は何一つ見つからなかったという。

「うん、タイミングが良かったんだと思うよ。社長が代わって開発方針を大幅に見直している最中だから、新たな視点を持った人材を求めているらしいんだ」

 認知症治療薬の開発に失敗したあと、社長交代を機にニッチ分野へ経営資源をシフトさせていることを伝えると、宮国が身を乗り出してきた。
 そうなのだ、彼が研究開発推進本部で強くプッシュしていたのが、『大手との競合を避け、皮膚科や眼科といったニッチ領域でグローバル・ナンバーワンを目指す』という案なのだ。

「是非、お願いします」

 彼の顔には生気が漲っていた。
 わたしは話を進めることを約束して、大至急、履歴書を準備するよう促した。

        *

 履歴書を送ると、面談という名の面接を1週間後に行うと連絡があった。
 人事部長と経営企画部長が対応するという。
 宮国のことだから一人でも心配なかったが、念のためにわたしも付き添うことにした。

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