隣の部署の佐藤さんには秘密がある

26.本店

 レセプションに行くのなら服を新調したい。でも、まだ金銭的な余裕があるとは言えない。黒いワンピースか、グリーンのワンピースで行くことになる──そう思ったけど、翌日仕事を終えた私は堂島屋へ向かった。

「三上さんに相談してみよう。予算内の服があるかもしれないもんね。」

 すると、前から目を見張るほどの美人が歩いてきた。呆気に取られて見ているとその女性は私の前で立ち止まった。

「こんにちは。あなたが宮島さきさんね。」
「あ……Akane……っ!?」
「あら、私のこと知ってるの?」

「わっ、私あのずっと前からファンで……うわ、めちゃくちゃ綺麗……!」
「晃太はそんなこと言ってなかったわよ?言ってくれればいいのに。」

 本物のAkaneは紙面とは違った美しさがある。クロードのポスターを見た時はよくわからなかったけど、破壊力のある色気は佐藤さんと似ている。

「さきちゃん。ちょっと一緒に来てくれない?」
「え?どこへ……?」

 Akaneが指さした先には、黒塗りの車がある。

「えっと……」
「いいから、早く。」

 Akaneに引っ張られて黒塗りの車に乗り込んだ私は、色んな意味で緊張していた。Akaneが隣にいるのもそうだし、磯山さんに会うのはちょっと気まずい。

「さきちゃん、ごめんね。急に別れろなんて言って。」

 ショックだったが、佐藤さんは水伊勢家のご子息だから仕方ない。私はバックミラーをちらりと見た。

「新しい彼氏はできた?」
「いえ……」
「じゃ、晃太とより戻してくれない?」
「結婚するんじゃないんですか?」

「あんな状態で結婚なんでできないわよ。ね?磯山さん。」
「宮島様、私からも是非お願い致します。」

「磯山さん大変なのよ。晃太に八つ当たりされて。」
「八つ当たり?」

「磯山さん、仕事終わった後晩酌に付き合わされてるの。運転するから飲めないでしょ?シラフでひたすらクダを巻かれ続けてるのよ。一度だけ付き合ったことあるけど酷かったわ。お前のせいで別れなきゃいけなくなった、さきを泣かせたのはお前だ、さきに謝れってずーっと同じこと言われてた。」
「えぇ……」

「それに、さきちゃんの話するのは、お酒飲んでる時だけじゃない。仕事中もさきちゃんの話ばっかしてる。本人は気づいてないのよね。私がいない現場ではどうしてるのかと思うわ。」
「あかね様がいらっしゃらない場合は、私がお聞きしております。」
「そうなの!?大変ね、磯山さん……」

 磯山さんの乾いた笑い声が聞こえてきた。

「私も結婚する時はずいぶん父に反対された。家のことを考えないのか、結婚をなんだと思っているんだ、家を捨てるのか……とかね。馬鹿みたいじゃない?私は好きな人がいて両思いだった。だから結婚したの。さきちゃんも晃太が好きなら別れる必要はないし、別れるとしても本人たちで決めるべきよ。父は強面で水伊勢の会長なんて肩書きあるから従わなきゃいけないと思うかもしれないけど、中身はただの頑固親父だからね。」

 Akaneのように筋が通った女性なら、胸を張って佐藤さんと付き合えるかもしれない。

「でも私では釣り合わないと思います。家柄もそうですけど、佐藤さ……晃太さんはモデルとしても成功されていますから。」
「家柄の方は弟の龍司がやってるから大丈夫よ。それに、モデルは次のレセプションでおしまいにするって。サンチェス=ドマーニのレセプションのショーに出ることが夢だったみたいだから、区切りになるって言ってたわ。」
「本当にやめちゃうんですか?」
「彼女と一緒に出勤して、休みの日にデートする生活に戻りたいみたい。」

 父親の命令に背き、サラリーマンとして生活することが佐藤さんにできるのだろうか。モデルの華やかな世界──KOTAの感覚が抜けなければ、会社では浮いてしまう気がする。

 モデルをやる前は顔を隠しているからなんとかなっていた。でも今はどんなに前髪で顔を隠そうとも、いつも仕事で着ているあの無難なスーツでさえブランド品に見えてしまうのではないだろうか。

「あ、着いたわよ。」

 窓の外へ目を向けると、サンチェス=ドマーニの本店が悠然と建っていた。
< 102 / 120 >

この作品をシェア

pagetop