イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
「ねえ、あの派遣の子って……あれ、絶対わざとでしょ」

コピー機の向こう。
聞こえてしまったのは、くぐもった声。

「ジャケットの前、閉めないのってさ、胸強調してるよね」
「ほんと。自分の武器、わかってるタイプ」

(……え)

資料をプリントしに来ただけだったのに。

誰が言ったかは見えなかった。
でも、その言葉は、まっすぐ胸に突き刺さる。

(そんなつもり、ないのに……)

ただ、サイズが合わないだけ。
ちゃんと閉めるとボタンが引きつるから、怖くて。

(私、そんな風に見えてたんだ……)

そのまま早歩きで廊下を抜け、資料室の奥に駆け込んだ。

 
「……望月さん?」

物音に振り向くと、そこにいたのは水野さんだった。

いつものように静かで、落ち着いたスーツ姿。
黒髪と黒縁眼鏡が、どこか安心感をくれる人。

「何か、困ってますか?」

「い、いえ、大丈夫です」

「……ほんとに?」

水野さんは、それ以上は何も聞かず、ただ横に腰を下ろした。


「資料、昨日よりずっと整理されてますね。
レイアウトも綺麗で、数字の説得力も出てる」

「え……見てくださったんですか?」

「もちろん。あの構成は、僕にはできません。すごいと思いますよ」

言葉は静かで、やさしい。

だけど、それ以上に。
視線が、ずっと顔の高さにあった。

(……見てこない)

胸元にも、脚にも、視線を落とさない。
ただ「人として」ちゃんと向き合ってくれる。

さっきの誰かの視線と言葉が、心に残っていたぶん、
そのまっすぐなまなざしが沁みた。

「水野さんって……優しいですね」

「いえ、僕はただ、当たり前のことをしてるだけです」

少し微笑んだ横顔に、嘘はなかった。

その姿に、胸が熱くなった。

(社長とは、正反対だ)

「体型が理想」だなんて平気で言って、視線も飾らずまっすぐで。
あの人の存在は、いつも火のように熱くて危うくて。

でも水野さんは──
やさしい水のような人だった。


どちらが心地いいのか。
どちらが正しいのか。

まだ私には、答えが出せない。

でもいまは──この静かな優しさが、ただひたすらありがたかった。
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