荒廃した世界で、君と非道を歩む
 これには自分から仕掛けたというのに呆気にとられてしまう。そんなに嫌だったのか、流石に未成年相手にこれは非常識だったか、など独りで考えを巡らせてみるが蘭が震える理由は分からない。

「おい、どうした」

 声を掛けてみるが蘭は震えるばかりで返事をする気配はない。
 被っていた布団を蘭がいる方とは反対側に弾き飛ばし、抱いていた左腕を離して顔色を伺おうとした。
 するとどういうことか、それまで身体を震わせていた蘭が離れようとしていた志筑の左腕を掴み、縋るように強く抱き付いたのだ。
 ただ事ではない。さすがの志筑でも蘭の様子が異常であることくらいすぐに察しがついた。

「い、やだ……行かないで………」
「蘭、おい蘭。どうした、何を言っているんだ」
「……痛い………痛いよ」

 左腕を掴む手すら震えていて、ただ身を寄せ合っているだけではその震えを止めてやることができない。
 痛いと、苦しいと、行かないでと、蘭が発する言葉はどれも何かを恐れているようである。蘭は徐々に左手を掴む手に力を入れ始め、圧迫された左腕は血流が止まって痺れてきた。
 このままでは左腕が使い物にならなくなってしまう。どうすれば怯える蘭を安心付けられるのか、この震えを止められるのか。
 不器用で無愛想で社会不適合者の殺人鬼である志筑には、どれだけ考えを巡らせても蘭の震えを止める方法は考えつかなかった。

「大丈夫だ、大丈夫。俺は何処にも行かない、お前を傷つけたりしないし、嫌な思いもさせない」
「……怖い、怖いの。志筑がいなくなっちゃう気がして、また独りになる気がして」
「ざっけんな、そんなこと絶対にあるわけがない。俺がいなくなる? お前が独りになる? 俺達は何のために逃避行(こんなこと)を続けてるんだ?」
「死に場所を、探すため……」
「そんでもって俺はお前に言った。お前が理想の死に場所を見つけた時、俺が殺してやると。それまでは誰も殺さねえし、お前も殺さない。どうせ死ぬなら願いを叶えてから死にたいだろ?」

 次は両腕で蘭の小さな身体を包み込む。頭を胸元まで抱き寄せ、その上に顎を置いて身体を密着させた。
 初めは蘭を安心付けるために口にした事も、いつの間にか志筑自身に語り聞かせるような口ぶりになっていた。
 何が大丈夫なのかもよくわからない状況でひたすらに思いつく限りの言葉を口にする。そうしているうちに蘭の身体の震えは止まっていた。

「そうだった、私、志筑に殺してもらうんだった」
「は? 何、お前忘れてたのか? 自分が言い出したのに」
「だって、志筑って勝手にいなくなっちゃいそうだから。私に黙って何処かに行っちゃいそうだから」

 そう言う蘭は真っ直ぐと志筑の顔を見上げていた。その表情に恐怖の色はない。優しく細められた目は目の前の存在を確かめるように愛おしげに見つめている。
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