荒廃した世界で、君と非道を歩む
電話の向こう側から聞こえる声はよく知る人物のものであった。何年も音沙汰無く姿を消していた人物。
何故、新島がこの電話番号を知っていたのかなどこの際どうでもいい。ただ、今はこの電話を途切れさせないことに必死だった。
「お、その声は賢(けん)か? なんや、久しぶりやなあ」
「……久しぶりなもんですか。何故、今まで一度も連絡を寄越さなかったんです。先輩がいなくなってから、俺がどんな思いをしてきたと思って……」
「すまんかった。お前には悪いと思っとる。けどな、ああするしかなかったんや。裏切り者である俺は、捜査一課にいるべき人間や無い」
電話の向こうから聞こえてくる新汰の声は、かつて憧れを抱いた先輩としての威厳を失っていた。
聞こえてくるのは、やけに窶れた緩みきった男の声である。こんな新汰を東は知らない。自身が忠誠を誓い、彼の背中を追っていたなど今では信じられないほどに変わり果てていた。
「今でも、俺は信じられません。捜査一課の中で一番責任感が強いことで名を馳せていた貴方が、一人の殺人犯に情を持って逃がすなど。何かの間違えではないのですか。俺は貴方の強さに憧れた、それなのに貴方は刑事としてしてはならない禁忌を犯した。本当のことなんですか」
「……ああ、そうや。君の言う通り、俺は殺人犯を逃がした。その後はお前の知っとる通り、俺は捜査一課を追い出され刑事をやめた」
あれはおよそ七年前、刑事になりたてで見習いだった東のバディとして新汰が教育係に任命された。見習いでありながら刑事として一番の捜査は、両親を殺した十二歳の殺人犯に関するものだった。
今でも、新汰が殺人を犯した十二歳の少年の取り調べをする場面のことを覚えている。
顔に大きな傷を負った少年は琥珀色の瞳が印象的で、見習いであった頃の東はこの少年が恐ろしくてならなかった。
それでも冷静に取り調べを進めていく新汰の背中が逞しく、頼りがいがあるように見えていたから、東はずっと新汰の背中を追っていた。
それなのに、それなのに。
「先輩とバディだったのは短い期間でしたが、それでも俺にとっての先輩でありバディは外園さんただ一人です。それだけはいつまでも変わらない。ですが、貴方に忠誠を誓う裏で、俺は貴方を恨む。そして、あの殺人犯も」
「恨まれても当然のことを俺はしたんや。全部承知の上だよ」
「では、何故。……あの子供を逃がしたんですか。近頃世間を騒がせている連続猟奇殺人鬼は、あの時の親殺しの餓鬼なんでしょう」
何故、新島が新汰の連絡先を東に渡したのか。何故、新汰だったのか。それらの理由は、新汰が誰よりも連続猟奇殺人鬼について詳しいからだった。
東の勝手だと言ったのも、真実を知るも知らないも東に委ねられていたからである。
新汰に電話をかけることは簡単だった。現に、こうして数年ぶりに声を聞けているのだから。
しかし、その裏にあるのは、自身が忠誠を誓った相手による裏切りを再度味わわなければならないことであった。
何故、新島がこの電話番号を知っていたのかなどこの際どうでもいい。ただ、今はこの電話を途切れさせないことに必死だった。
「お、その声は賢(けん)か? なんや、久しぶりやなあ」
「……久しぶりなもんですか。何故、今まで一度も連絡を寄越さなかったんです。先輩がいなくなってから、俺がどんな思いをしてきたと思って……」
「すまんかった。お前には悪いと思っとる。けどな、ああするしかなかったんや。裏切り者である俺は、捜査一課にいるべき人間や無い」
電話の向こうから聞こえてくる新汰の声は、かつて憧れを抱いた先輩としての威厳を失っていた。
聞こえてくるのは、やけに窶れた緩みきった男の声である。こんな新汰を東は知らない。自身が忠誠を誓い、彼の背中を追っていたなど今では信じられないほどに変わり果てていた。
「今でも、俺は信じられません。捜査一課の中で一番責任感が強いことで名を馳せていた貴方が、一人の殺人犯に情を持って逃がすなど。何かの間違えではないのですか。俺は貴方の強さに憧れた、それなのに貴方は刑事としてしてはならない禁忌を犯した。本当のことなんですか」
「……ああ、そうや。君の言う通り、俺は殺人犯を逃がした。その後はお前の知っとる通り、俺は捜査一課を追い出され刑事をやめた」
あれはおよそ七年前、刑事になりたてで見習いだった東のバディとして新汰が教育係に任命された。見習いでありながら刑事として一番の捜査は、両親を殺した十二歳の殺人犯に関するものだった。
今でも、新汰が殺人を犯した十二歳の少年の取り調べをする場面のことを覚えている。
顔に大きな傷を負った少年は琥珀色の瞳が印象的で、見習いであった頃の東はこの少年が恐ろしくてならなかった。
それでも冷静に取り調べを進めていく新汰の背中が逞しく、頼りがいがあるように見えていたから、東はずっと新汰の背中を追っていた。
それなのに、それなのに。
「先輩とバディだったのは短い期間でしたが、それでも俺にとっての先輩でありバディは外園さんただ一人です。それだけはいつまでも変わらない。ですが、貴方に忠誠を誓う裏で、俺は貴方を恨む。そして、あの殺人犯も」
「恨まれても当然のことを俺はしたんや。全部承知の上だよ」
「では、何故。……あの子供を逃がしたんですか。近頃世間を騒がせている連続猟奇殺人鬼は、あの時の親殺しの餓鬼なんでしょう」
何故、新島が新汰の連絡先を東に渡したのか。何故、新汰だったのか。それらの理由は、新汰が誰よりも連続猟奇殺人鬼について詳しいからだった。
東の勝手だと言ったのも、真実を知るも知らないも東に委ねられていたからである。
新汰に電話をかけることは簡単だった。現に、こうして数年ぶりに声を聞けているのだから。
しかし、その裏にあるのは、自身が忠誠を誓った相手による裏切りを再度味わわなければならないことであった。