ホリー・ゴライトリーのような女
比嘉さんが「パチンコして帰る」とのことだったので、帰りは中山さんと一緒になった。
中山さんは途中、「ラーメンでも食べて行かない?」と言うので、「行きましょう」と、中山さんおすすめのラーメン屋に入った。豚骨醤油ベースの、所謂家系ラーメンと呼ばれるやつで、ほとんど空っぽの状態で満たしていたアルコールの胃にはちょうどよく、かため、濃いめ、多めが染み込んでくる。僕は無心で啜った。中山さんも幼児退行でもしたように、目の前のラーメンに夢中だった。本当に美味しいものを食べるときは、どうしたってこういう反応になる。
まだまだスープに湯気が立ち上る中、僕と中山さんはラーメンを完食した。
駅前の賑わったこの感じ、スーツを着たサラリーマンたちがほろ酔いで各々の生活へと戻っていく。ネオンはそこまで派手ではないけれど、この感じが東京にいるんだということを再確認してくれる。元来、僕はあまり他人に関心を持つような人間じゃなかった。上京した時だって、世界の中心には常に僕がいて、人が、まるでロール紙で作られた背景のように、流れていくのを感じた。
しかし、コンビニでアルバイトをするようになって、人と向き合う時間が増え、いろんなことを考えるようになった。例えば、常連客の一人に、タクシー運転手がいる。大体、日付を越えてやってくるその人は、決まって梅おにぎり1個とうすしお味のポテトチップスを買っていく。その際、「お手拭きを1個ください」と言い、店の前に停めているタクシーの中でそれらを食す。年配のタクシー運転手だったが、ほとんど毎日欠かさずやってきて、また食べるものがものだけに、職業が職業だけに身体が心配になる。
常連客で言うと、明け方6時頃にやってくる、幸の薄そうな女性もそうだ。この人も大抵決まった時間にやってきて、おにぎりを2個買っていく。その際の支払いは現金で1000円札を使うのだが、僕がお釣りを渡すと、まるで赤ちゃんを受け渡すときのように、そっと、しかし慎重に僕の手に触れて受け取ってくる。当時はこの女性、僕のことを意識しているんじゃないだろうかと思わず勘違いしてしまいそうになったが、今考えると女性も女性で、そういう風に思われていて心外だなとでも思っていたんじゃないだろうか。
そうそう、フィリピンパブの人たちのことも忘れない。フィリピンパブで働いているフィリピン人の女性が3人くらいでよく店に来てくれた。仲間の中でで弁当屋さんで働いている人がいて、その人がビニール袋いっぱいに店で余ったおかずを持ってきてくれた。お返しに中山さんは缶コーヒーを奢り、それを飲みながら明け方、みんなでタバコを吸っていたのは今でもいい思い出だ。
この人たちに共通するところは、つかの間の、憩いの時間を過ごすために店に訪れているということだ。僕がレジに通す何気ないポテトチップスや、おにぎりや、缶コーヒーで、それを楽しんでいる。そういった一部に関われるのは、大変名誉なことでもあるし、だからこそ、こちらも一生懸命応えようと頑張れる。ただのバイトと言ってしまえばそれまでだけど、そのただのが、誰かにとっては重宝するものになり得ることをこの時僕は実感していた。そりゃ比嘉さんや、土曜日に一緒になる太ったトイレ専用野郎には、腹立たしく思うこともある。それでも僕は、やりがいを感じるこの仕事を、できる限り続けたいと思っていた。
「中山さん、ありがとうございます。僕を見い出してくれて」
「なんだよ、藪から棒に……」と中山さんは照れくさそうに頭を掻いた。
「でも、お前は頑張ってるよ」