ホリー・ゴライトリーのような女
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アメリカの高級ジュエリーブランド『ティファニー』の店の前で、朝食を食べる映画を、僕は最後までしっかりと観たことがない。語った通り、小説は読んだことがある。でも、正直なところ内容はあまり覚えていないし、特に名作だとも思わなかった。ただ、ホリー・ゴライトリーという女。彼女のことだけは覚えている。そして、彼女の物語を読み終えた時、僕は鹿波について、語ろうと決めた。5年、6年、いや、もっと前から決めていた。『ホリー・ゴライトリーのような女』というタイトルで、鹿波について語る。
タイトルを思いついたとき、僕は今よりも、何なら当時よりもどん底にいて、ほとんどニートのような、引きこもりのような生活を送っていた。でも、周りにはそのことを話したことはない。やっぱりどこか、劣等感があったのだ。周りの友人たちは、仕事の話だったり、結婚の話だったり、子供の話、中古の一軒家を35年ローンで買ったこと、どこどこのコンカフェが熱い、車検が切れそう等々、僕よりも、ずっと先を歩いているような疎外感があった。
働かないのではない。働けなかったのだ。でも、働けないのは、結局、働かないのと同じだと思う。これは僕が当時、大病を患っていて、働けなかったから言えることなのだが、どんな状況にいたって、その気になれば、人は働けると思う。働くために、何かアクションを起こせると思う。ラジオ体操第一の腕をひねる体操のように、小さなアクションでも、反動がついて、大きなアクションになる。僕の場合は、小説を書くことだった。
小説なんて、ぶっちゃけ書きたくはなかった。僕には文才もないし、そのために努力しようとも思わなかった。だから、こんな感じで読者に語っている今、果たして僕の文章は伝わっているのだろうか、鹿波という女を表現できているのだろうか、不安でたまらない。そんな経験を何度もしてきた僕は今日に至るまで、いろんな小説____と呼べるかは、甚だ疑問ではあるが____を書いてきた。
「言っておくけれど」と鹿波は、コートのポッケに手を入れて、歩きながら言った。
「奢りじゃないわよ。貸しだから」
「わかってます…すみません」
「大体、アルバイトなんか他にもいくらだってあるじゃない。現に……ほら」と鹿波がコンビニを指差した。
「ここだってアルバイトを募集してる。あなた、連絡してみたの?」
「いや、ここはしてない」
「働き口がないのって、結婚できないのと同じじゃないかしら? 求める理想が高いからどっちもできないのよ。自分を多少なりとも過大評価してるのかしらね。『オレの能力だったら、これくらいの収入はいける』とか『この人は顔がイマイチだから』とか。もちろん、収入面で家族を支えるためにとか、離婚歴があるからとか、そういう部分での選別は必要だとは思うわよ? 少なくとも、あっちのコンビニは受けたけど、こっちのコンビニは受けてないは、違うんじゃないかしら?」