となりの研究室で、きみと。
第5話「“ありがとう”って、難しい」
〇大学・ゼミ教室・朝
仮設ルーム公開から数日後。プロジェクトは次のフェーズ「実用化・データ収集」に入っている。
ゼミ内は活気づいており、それぞれの分担作業も本格化してきた。
川口「外部連携のオファー、複数来てる。
今後は各人がテーマを持って、“暮らしの改善提案”を個別に進めてくれ」
智貴「チームから一時離れ、“専門分野で掘る”という意味か」
川口「そういうこと。“横”で繋がってきたこのチームを、次は“縦”で深化させる」
咲子「わあ、それってつまり、“ひとり旅”ってこと?」
祐貴「それぞれが“自分のテーマ”を持って動く、って感じだな」
川口「まあ、孤独はおまけだな」
一同、笑い声。
〇教室・ミーティング終了後・はるなと瑠璃が後片付け中
はるな(雑巾でホワイトボードを拭きながら)
「瑠璃ちゃん、さっきの“子ども向け空間設計”って案、面白かったね」
瑠璃「うん、ありがとう。
でも、あの案だと施工コストが跳ね上がるから、現実性はちょっと低いかなって思ってる」
はるな「えっ、でも、それを言い出したの、瑠璃ちゃんでしょ?」
瑠璃「うん。でも“楽しい”のと“通る”のは別だからさ」
はるな「そっか……じゃあ、どうして出したの?」
瑠璃(さっと笑顔を貼る)
「……言ってみたかったから、かな。案を出すのって、気持ちいいじゃん?」
はるな(少し沈黙)
瑠璃「どうしたの?」
はるな「……ううん、なんでもない。
私も、自分のテーマ、考えなくちゃね」
〇数日後・キャンパス・カフェテラス
ゼミメンバーがそれぞれ個別課題に取り組んでいる。
瑠璃は一人、スケッチブックに子ども用家具のデザインを描いている。
そこに、やや疲れた表情のはるなが座ってくる。
瑠璃「おつかれ~。テーマ、決まった?」
はるな「……“家庭での学習支援アプリ”ってのを考えてるけど、なんか……誰かの焼き直しみたいな気がしてきて」
瑠璃「うーん、それなら“自分が困ったこと”とかをベースにするのは?」
はるな「“自分”って言われても……私、自分が何したいのか、あんまり考えたことなくて……」
瑠璃(少し沈黙)
瑠璃「……うん、なんかわかるよ。
でも、それを“やりたいことがない”って言われると……ちょっと、困るかも」
はるな(驚いて)
「……え?」
瑠璃「だって、それって、“何も考えてません”って言ってるのと同じでしょ?
このプロジェクトって、誰か任せじゃ進まないし」
はるな(目を伏せ、力なく)
「……うん、ごめん」
瑠璃(あ、しまったという顔)
「――あ、いや、そういうつもりじゃなくて!」
はるな(席を立ち上がり、少し笑顔を作る)
「……ありがと、瑠璃ちゃん。もうちょっと、ひとりで考えてみる」
〇その夜・はるなの部屋
小さなデスク。教育関係の本や、児童心理学の資料が散らばっている。
その真ん中で、はるながぽつんと座っている。
はるな(心の声)
「私、なんで“ありがとう”って言ったんだろう。
あのとき、本当は、全然嬉しくなかったのに」
スマホを取り上げ、“瑠璃”のトーク画面を開くが、文字は打てず、そのまま伏せる。
はるな(心の声)
「“気を使う”って、いつからこんなにしんどいものになったんだろう……」
〇大学・仮設ルーム内・静かな午後
はるなが1人で中にいる。
ぬいぐるみ型のAIが、穏やかな声で話しかけてくる。
ぬいぐるみ
「こんにちは。きょうも、がんばってるね」
はるな(少し笑って)
「……そんなの、わかんないくせに」
ぬいぐるみ
「うん、わからないよ。でも、そばにいることはできるよ」
はるな(じっと見つめて)
「それが、ほんとの優しさなら、私……もう少し、楽だったのかな」
〇大学・カフェテラス・瑠璃と智貴が話している
瑠璃「……私、はるなちゃんに余計なこと言ったかも」
智貴「“余計”かどうかは、相手の受け取り方による。“配慮”には限界がある」
瑠璃「でもさ、彼女の“優しさ”って、すごく強いんだよ。
それを“当たり前”に感じちゃったら、きっと彼女、壊れちゃう」
智貴「君は“他人の心”を優先しすぎる。
一方で、“自分の言いたいこと”を止められない。……矛盾してる」
瑠璃(目を細めて)
「……正直って、罪だよね」
智貴「いや。罪ではない。“維持”が難しいだけだ」
瑠璃(ため息をつく)
「……謝りたい。ちゃんと、“ごめんね”って言いたい」
〇大学・中庭・はるなと瑠璃が対面
風が吹くベンチ。沈黙が数秒続いた後、先に口を開いたのは瑠璃。
瑠璃「……ごめん、はるなちゃん。
あのとき、私、勝手に正しいこと言ったつもりになってた。
“ありがとう”って言わせちゃったの、きっと私だよね」
はるな(ゆっくりと顔を上げて)
「……ううん、違う。私が“言いたくないのに言った”の。
でもそれって、ずっと私がやってきたことだった」
はるな「誰にも嫌われたくなくて、“ちゃんとしてる”って思われたくて。
本音を言わないのが、私の中の“正しさ”だったの」
瑠璃「……本音、今は言える?」
はるな(少し震えながら)
「――しんどい。ずっと誰かの顔色見て、
“ありがとう”って笑ってるの、ほんとは、すごく、しんどい」
瑠璃(真っ直ぐ見つめて)
「うん、言ってくれて、ありがとう。
それが、いちばん本物の“ありがとう”だと思う」
はるな(こらえていた涙が一粒、落ちる)
〇その日の夜・ゼミグループチャット・新しい共有テーマ
瑠璃:新しいテーマ考えました。「本音を言える空間の設計」。
“ありがとう”が自然に言える場所をつくりたい。
はるなちゃんと一緒にやりたいです。
よかったら、みんなも意見ください。
既読がどんどんついていく。
咲子「いいテーマだと思う!」
俊輔「その発想には共感できる」
拓海「俺も、居場所ってテーマにずっと興味あった」
智貴「“感情の構造化”の手法で協力可能」
そして、はるなから一言。
はるな:ありがとう。今度は、本心からそう言えます。
〇数日後・仮設ルーム・新しいセクションの準備が始まっている
瑠璃とはるなが中心となり、新プロジェクト「本音を言える空間」のレイアウトを設計。
対話テーブル、間接照明、香りと音の演出など、“自己開示”をうながす要素を取り入れている。
拓海「“安心して沈黙できる椅子”って、どういう発想?」
瑠璃「無理に会話しなくても、ただ“隣にいるだけ”って空間も大事でしょ?」
はるな(頷きながら)
「“話しかけないけど気にしてる”って、たぶんそれも優しさなんだと思うの」
智貴(設計データをチェックしながら)
「非言語情報の活用としては、照明と触感デバイスを組み合わせると効果が高いかもしれない」
咲子「なんか、あったかいチームって感じになってきたね~」
〇夕方・大学のテラス・瑠璃とはるな、日が沈む空の下
瑠璃「ねえ、今日の“ありがとう”、ほんとのやつ?」
はるな(にこっと笑って)
「うん。今日はね、言いたくて言った“ありがとう”」
瑠璃「……よかった。私も、“ごめんね”って気持ち、ちゃんと届いてたなら嬉しい」
はるな「ちゃんと届いたよ。……ってか、届けてもらったの、初めてだったかも」
風が吹いて、ふたりの髪がふわりと舞う。
〇同時刻・智貴の部屋・PCに向かう智貴
プロジェクト管理ファイルに新しいラベルを追加している。
タグ:「本音の設計」「関係性の空間構造」「ありがとうが言えるUI」
智貴(心の声)
「“言葉の価値”は、使われ方で変わる。
その曖昧さの中に、人間の“本当”があるのかもしれない」
彼はふと画面を閉じて、ソファに横になる。
智貴「……“ありがとう”って、たしかに難しい。
でも――きっと、伝えようとすることが大事なんだろうな」
〇夜・ゼミグループチャット
はるな:テーマ、少しずつ形にしてみます。
“ありがとう”が自然に言える場所、作ってみたいと思ってます。
瑠璃:全力で手伝います!
拓海:参加する!
咲子:私も!“言われたいし、言いたい”!
智貴:データ面は任せて
川口:やるねえ、いいチームじゃん。これ、次の学会出せるぞ。
〇エンドカット・瑠璃のモノローグ/教室の窓から見える夕焼け
瑠璃(モノローグ)
「“ありがとう”って、難しい。
でも、その言葉が“ほんとう”になったとき、
たぶん私たちは、ちゃんと“誰かとつながれた”って思えるんだ。
だからこれからも、何度でも伝えたい。――この場所で。」
タイトルロゴ:
『となりの研究室で、きみと。』
【To be continued...】
仮設ルーム公開から数日後。プロジェクトは次のフェーズ「実用化・データ収集」に入っている。
ゼミ内は活気づいており、それぞれの分担作業も本格化してきた。
川口「外部連携のオファー、複数来てる。
今後は各人がテーマを持って、“暮らしの改善提案”を個別に進めてくれ」
智貴「チームから一時離れ、“専門分野で掘る”という意味か」
川口「そういうこと。“横”で繋がってきたこのチームを、次は“縦”で深化させる」
咲子「わあ、それってつまり、“ひとり旅”ってこと?」
祐貴「それぞれが“自分のテーマ”を持って動く、って感じだな」
川口「まあ、孤独はおまけだな」
一同、笑い声。
〇教室・ミーティング終了後・はるなと瑠璃が後片付け中
はるな(雑巾でホワイトボードを拭きながら)
「瑠璃ちゃん、さっきの“子ども向け空間設計”って案、面白かったね」
瑠璃「うん、ありがとう。
でも、あの案だと施工コストが跳ね上がるから、現実性はちょっと低いかなって思ってる」
はるな「えっ、でも、それを言い出したの、瑠璃ちゃんでしょ?」
瑠璃「うん。でも“楽しい”のと“通る”のは別だからさ」
はるな「そっか……じゃあ、どうして出したの?」
瑠璃(さっと笑顔を貼る)
「……言ってみたかったから、かな。案を出すのって、気持ちいいじゃん?」
はるな(少し沈黙)
瑠璃「どうしたの?」
はるな「……ううん、なんでもない。
私も、自分のテーマ、考えなくちゃね」
〇数日後・キャンパス・カフェテラス
ゼミメンバーがそれぞれ個別課題に取り組んでいる。
瑠璃は一人、スケッチブックに子ども用家具のデザインを描いている。
そこに、やや疲れた表情のはるなが座ってくる。
瑠璃「おつかれ~。テーマ、決まった?」
はるな「……“家庭での学習支援アプリ”ってのを考えてるけど、なんか……誰かの焼き直しみたいな気がしてきて」
瑠璃「うーん、それなら“自分が困ったこと”とかをベースにするのは?」
はるな「“自分”って言われても……私、自分が何したいのか、あんまり考えたことなくて……」
瑠璃(少し沈黙)
瑠璃「……うん、なんかわかるよ。
でも、それを“やりたいことがない”って言われると……ちょっと、困るかも」
はるな(驚いて)
「……え?」
瑠璃「だって、それって、“何も考えてません”って言ってるのと同じでしょ?
このプロジェクトって、誰か任せじゃ進まないし」
はるな(目を伏せ、力なく)
「……うん、ごめん」
瑠璃(あ、しまったという顔)
「――あ、いや、そういうつもりじゃなくて!」
はるな(席を立ち上がり、少し笑顔を作る)
「……ありがと、瑠璃ちゃん。もうちょっと、ひとりで考えてみる」
〇その夜・はるなの部屋
小さなデスク。教育関係の本や、児童心理学の資料が散らばっている。
その真ん中で、はるながぽつんと座っている。
はるな(心の声)
「私、なんで“ありがとう”って言ったんだろう。
あのとき、本当は、全然嬉しくなかったのに」
スマホを取り上げ、“瑠璃”のトーク画面を開くが、文字は打てず、そのまま伏せる。
はるな(心の声)
「“気を使う”って、いつからこんなにしんどいものになったんだろう……」
〇大学・仮設ルーム内・静かな午後
はるなが1人で中にいる。
ぬいぐるみ型のAIが、穏やかな声で話しかけてくる。
ぬいぐるみ
「こんにちは。きょうも、がんばってるね」
はるな(少し笑って)
「……そんなの、わかんないくせに」
ぬいぐるみ
「うん、わからないよ。でも、そばにいることはできるよ」
はるな(じっと見つめて)
「それが、ほんとの優しさなら、私……もう少し、楽だったのかな」
〇大学・カフェテラス・瑠璃と智貴が話している
瑠璃「……私、はるなちゃんに余計なこと言ったかも」
智貴「“余計”かどうかは、相手の受け取り方による。“配慮”には限界がある」
瑠璃「でもさ、彼女の“優しさ”って、すごく強いんだよ。
それを“当たり前”に感じちゃったら、きっと彼女、壊れちゃう」
智貴「君は“他人の心”を優先しすぎる。
一方で、“自分の言いたいこと”を止められない。……矛盾してる」
瑠璃(目を細めて)
「……正直って、罪だよね」
智貴「いや。罪ではない。“維持”が難しいだけだ」
瑠璃(ため息をつく)
「……謝りたい。ちゃんと、“ごめんね”って言いたい」
〇大学・中庭・はるなと瑠璃が対面
風が吹くベンチ。沈黙が数秒続いた後、先に口を開いたのは瑠璃。
瑠璃「……ごめん、はるなちゃん。
あのとき、私、勝手に正しいこと言ったつもりになってた。
“ありがとう”って言わせちゃったの、きっと私だよね」
はるな(ゆっくりと顔を上げて)
「……ううん、違う。私が“言いたくないのに言った”の。
でもそれって、ずっと私がやってきたことだった」
はるな「誰にも嫌われたくなくて、“ちゃんとしてる”って思われたくて。
本音を言わないのが、私の中の“正しさ”だったの」
瑠璃「……本音、今は言える?」
はるな(少し震えながら)
「――しんどい。ずっと誰かの顔色見て、
“ありがとう”って笑ってるの、ほんとは、すごく、しんどい」
瑠璃(真っ直ぐ見つめて)
「うん、言ってくれて、ありがとう。
それが、いちばん本物の“ありがとう”だと思う」
はるな(こらえていた涙が一粒、落ちる)
〇その日の夜・ゼミグループチャット・新しい共有テーマ
瑠璃:新しいテーマ考えました。「本音を言える空間の設計」。
“ありがとう”が自然に言える場所をつくりたい。
はるなちゃんと一緒にやりたいです。
よかったら、みんなも意見ください。
既読がどんどんついていく。
咲子「いいテーマだと思う!」
俊輔「その発想には共感できる」
拓海「俺も、居場所ってテーマにずっと興味あった」
智貴「“感情の構造化”の手法で協力可能」
そして、はるなから一言。
はるな:ありがとう。今度は、本心からそう言えます。
〇数日後・仮設ルーム・新しいセクションの準備が始まっている
瑠璃とはるなが中心となり、新プロジェクト「本音を言える空間」のレイアウトを設計。
対話テーブル、間接照明、香りと音の演出など、“自己開示”をうながす要素を取り入れている。
拓海「“安心して沈黙できる椅子”って、どういう発想?」
瑠璃「無理に会話しなくても、ただ“隣にいるだけ”って空間も大事でしょ?」
はるな(頷きながら)
「“話しかけないけど気にしてる”って、たぶんそれも優しさなんだと思うの」
智貴(設計データをチェックしながら)
「非言語情報の活用としては、照明と触感デバイスを組み合わせると効果が高いかもしれない」
咲子「なんか、あったかいチームって感じになってきたね~」
〇夕方・大学のテラス・瑠璃とはるな、日が沈む空の下
瑠璃「ねえ、今日の“ありがとう”、ほんとのやつ?」
はるな(にこっと笑って)
「うん。今日はね、言いたくて言った“ありがとう”」
瑠璃「……よかった。私も、“ごめんね”って気持ち、ちゃんと届いてたなら嬉しい」
はるな「ちゃんと届いたよ。……ってか、届けてもらったの、初めてだったかも」
風が吹いて、ふたりの髪がふわりと舞う。
〇同時刻・智貴の部屋・PCに向かう智貴
プロジェクト管理ファイルに新しいラベルを追加している。
タグ:「本音の設計」「関係性の空間構造」「ありがとうが言えるUI」
智貴(心の声)
「“言葉の価値”は、使われ方で変わる。
その曖昧さの中に、人間の“本当”があるのかもしれない」
彼はふと画面を閉じて、ソファに横になる。
智貴「……“ありがとう”って、たしかに難しい。
でも――きっと、伝えようとすることが大事なんだろうな」
〇夜・ゼミグループチャット
はるな:テーマ、少しずつ形にしてみます。
“ありがとう”が自然に言える場所、作ってみたいと思ってます。
瑠璃:全力で手伝います!
拓海:参加する!
咲子:私も!“言われたいし、言いたい”!
智貴:データ面は任せて
川口:やるねえ、いいチームじゃん。これ、次の学会出せるぞ。
〇エンドカット・瑠璃のモノローグ/教室の窓から見える夕焼け
瑠璃(モノローグ)
「“ありがとう”って、難しい。
でも、その言葉が“ほんとう”になったとき、
たぶん私たちは、ちゃんと“誰かとつながれた”って思えるんだ。
だからこれからも、何度でも伝えたい。――この場所で。」
タイトルロゴ:
『となりの研究室で、きみと。』
【To be continued...】