君の隣が、いちばん遠い
放課後。
夕焼け色の教室で、ひよりは静かに鞄に教科書を詰めていた。
——言わなきゃよかったかな。
誰にも聞かれないと思っていた。
まさか、彼に聞かれていたなんて。
次の日の朝も、ひよりはいつも通り早く教室に来ていた。
窓際の席。
まだ誰もいない静けさ。
ノートにペンを走らせる、それが、変わらない日常だった。
──カタン。
教室のドアが開いた音に、手が止まった。
彼———一ノ瀬くんだった。
目が合うかと思って下を向いた、その瞬間。
「……おはよう、佐倉さん」
——名前を、呼ばれた。
顔を上げると、一ノ瀬くんがほんの少し微笑んで、こちらを見ていた。
その一言で、教室の空気が変わった。
静かだった時間が、わずかに揺れた気がした。
どうして、今——名前を?
その日は、一日中、心が落ち着かなかった。