氷壁エリートの夜の顔
──本当は、彼氏なんていない。いたこともない。

 恋愛は、私にとって少し贅沢すぎる選択肢だ。そんなものに時間を割いている余裕なんて、ずっとなかった。

 でも、「彼氏がいる」という言葉は、告白を断る理由としてかなり優秀だった。
 大学時代、「彼氏はいないけど、誰とも付き合う気はない」と正直に言ったら、「じゃあ試しに俺と付き合ってみたら?」なんてしつこくされた。それから、私はずっとこうして身を守ってきた。

「彼氏がいるから、ごめん」とだけ言っておけば、告白した相手のプライドは守れるし、私も必要以上に干渉されずに済む。
 小さな嘘一つで、平和は保たれる。余計なことに煩わされず、自分のすべきことにだけ集中できる。

 大学の女友達には、本当のことを話していた。でもあるとき、私のことを好きだという男に、「あの子、彼氏がいるって嘘だよ。ワンチャンあるかもよ」なんてバラされたことがあって──
 それ以来、誰にも本当のことは話していない。一部の人を除いては。
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