氷壁エリートの夜の顔
「そりゃ良かった。なら、このテーブルをシェアしていい? 今日のフォー、パクチー増し増しでお願いしたら、ランチ仲間に、テーブル出禁食らってさ」

 思わず笑って、私たちは八木さんのためにスペースを空けた。

「いや、助かった。今日から君たちのことをパクチーの女神と呼ばせてもらうよ」

 そのとき、不意に背後から知った名前が聞こえてきた。

「そういえば受付の瑠美、結城さんに告白して振られたらしいよ。『君と付き合うなんて考えられない』だって。キツくない?」

 「ええーっ」と、彼女たちは一斉に声を上げた。その中には、杏奈ちゃんの姿もあった。

「性格丸くなったって噂もあったけどさ、やっぱ人って、そう簡単には変わらないよね」

「顔だけが取り柄の男でしょ? あの無表情で、内心はキャーキャー言われて喜んでそう」

 八木さんがちらりと声の方を見て、軽く首を振りながら言った。

「結城も気の毒だね。沈黙は罪、みたいな空気のなかで、ちゃんと断るって、実は一番むずかしいのに」

 私も箸を止め、彼女たちの方を見た。噂はまだ続いている。
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