クールでサディストな御曹司とベッドの上で

8.

「あの…ここからどのくらいで着くんでしょうか?」

「首都高に乗って少し走って…30分くらいですね」

裕也専務はチラリとバックミラーを確認して車を走らせる。

てっきり早井さん運転の、いつもの専用車で来ると思った。

この車は…プライベートの、裕也専務の車なんだろうか。

虎みたいな動物のマークがついた車。なんという車種かわからないけど、きっと高級車なんだろうと思う。

なんかいい匂いするし…



「車、苦手ですか?」

気づけば高速に乗る入り口まで来ていた。

「いえ…大丈夫です…け、どっ!」

高速に乗った途端、ぐいん…と加速する車。
追い越し車線に入って、器用にトラックやファミリーカーを抜いていく。

エンジン音は静かだし、ガタガタ揺れることもなく、スーッと走っているから不快はない。

…ないけど、スピードが出てるからか、Gを感じる…。

チラっと運転席を見ると、裕也専務は無表情で前を見て、時折バックミラーとサイドミラーに視線をやっていた。

その感じから、とても運転が得意なんだろうと思う。

窓の外をビュンビュン景色が流れていく…ちょっとだけ、ジェットコースターに乗ってる気分。

メーターに表示された最高速度はなんと、150キロ…
スピード違反で捕まらない?

そんな早さだったからか、首都高を降りるのはすぐだった。

一般道に降りて、自然と固く握っていた両手から力を抜く。
…意識せず、体に力が入っていたらしい。


「運転…お上手なんですね」

「ええ、お上手なんです」

「趣味は、ドライブですか?」

「あー…」

…突っ込んだことを聞きすぎたかな、と後悔するほど、裕也専務は無表情だった。


「…少し前まで、夜の首都高飛ばしてましたから」

…だから上手いんです
と続けた専務はどこか寂しそうに見えた。


「夜の首都高…なんとなくですけどロマンチックですね!…もしかして、デートですか?」




「いや…運転中、何度も目を閉じてしまおうと思いながら走ってました」



え…?



「…そんな、危ないじゃないですか」


何も言わない裕也専務に、もう少し何か言うべきだと言葉を探す。


「居眠りしちゃ…ダメですよ」


つまんないことを言ったと後悔したのは、裕也専務の表情が、緩むどころかわずかに歪んだから。


…沈黙が続いた。

耐えきれずにそっと橫顏を盗み見ると、いつもの表情に戻っていたのでホッとする。

でも…同時にとても儚げに見えた。首都高を運転中に目を閉じるなんて…自殺行為だ、という言葉を私は静かに呑み込んだ。



「約束の時間よりかなり早いですね、首都高を飛ばしすぎました」

裕也専務は時間の調整をするらしく、通りすがりのカフェに車を乗り入れる。


「あ…れ、あの…」

車を降りようと、シートベルトを外そうとしたが、何かの不具合なのか…ビクともしなくて焦る。

着ける時はスムーズにできたのに、シートベルトがなかなか外れない。


「…何を遊んでるんですか?」

ドアに手をかけた専務、降りようとしたのに、隣でオタオタしている私に気づいた。


「す、すいません…服か何か、挟んじゃったんでしょうか?」

四苦八苦する私を見て、裕也専務はひとつ大きなため息をつくと、いきなり近寄ってきたので驚いた…


「あぁ、確かに、服を挟んでますね」

私の方を向いて、右手で助手席のシートベルトを外そうとする専務。

左手は私の座るシートの肩のあたりに置いてるから、私は完全に裕也専務の腕の中…

なるべく触れないように、シートに背中を押し付けて硬直しておく。

視線をどうしたらいいかわからなくて、裕也専務が見ているシートベルトの金具に一緒に落とす。

「…ん?」

そんな体勢だから、声もすごく近くで聞こえる…
つい、裕也専務の顔を見ると、裕也専務も私を見ていて…バッチリ視線が合ってしまう。

わずかに目尻の上がった切れ長の二重に見つめられ、私はその完璧すぎる顔面を前に、目をひん剥いてしまった…

「…その顔、2回目」

あ、敬語が崩れた、と思った時、裕也専務の顔が少し傾いて…


「…甘い香りがするじゃありませんか。一丁前に」

首の辺りに顔を寄せられてそう言われ、吐息がかかり、さすがに頬に熱が帯びる。

「あの…」

…近いです!と言おうとした声は「外れました」という裕也専務の声にかき消された。


「顔赤いですよ?」

「こんなに近づかれたら当然です…!」

「エレベーターでは平気だったのに、おかしいですね?」

外れたと言ったのに、まだ私のそばから離れない裕也専務。
…絶対、わざとだ!


「じゃ、計画は中止しますか?」

ここまで来て、やれるもんならやってみな…?という強気発言。


「いや。…でも、俺を好きになったら、違約金高いですよ?」

ゆるりと笑う顔はサディストのそれ。
一瞬固まったけど、思いついたことを言い返してみる。


「ゆ…裕也専務が私を好きになっても、違約金って発生しますか…?」

「…生意気なこと言いますね」

シュルシュルとシートベルトを外して、裕也専務はゆっくり私から離れる。


「そのへんのことは…考えておきます」

首都高を走っていた時の儚い印象は消え、また意地悪な雰囲気をまとう裕也専務。

カフェに向かって歩き出す後ろについていきながら…香水なんかつけていないのに、甘い匂いがするってどういうことなんだろうと思っていた。
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