わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

前蹴りする忍者 (シノブ32)

 霧で薄らと見えているアカイらしきものに対しシノブは告げる。

「そうよあなたはアカイじゃない、いったい誰なの?」

 シノブの問いにアカイは口角を吊り上げながら皮肉そうに笑った。

「なに言ってんだ俺はアカイだろ」
「見た目はそれだけどなんだか違う。というかよく見たら似ていない気もしてきた。私の前だといつもおどおどしているのに今は意味不明に自信たっぷりだしさ」

 シノブがそう言うとアカイの表情に動揺の色が走り瞳も左右に揺れた。間違い、ない。私の推理はいつも絶対に正しい。私がアカイについて見誤るとか有り得ない。

「だいたいおかしいのよ。あのアカイが私から離れたいなんて。あんたみたいな女から相手にされない哀れでモテないおじさんが私の世話をやめたがるって、変でしょ。馬鹿を言わないで」
「それはおかしい。お前はなに言っているんだ」

 動揺が消えたというか違う驚きに襲われたようなアカイが反論するとシノブの頭に血が昇った。さっきからこいつは言って欲しくないことばかり言ってくる! 頭がおかしい癖に!

「なにがおかしいの! 私と旅ができて嬉しいはずでしょうが! わざわざ荷物を持たせてあげてるんだからむしろ感謝しなさいよ」
「お前は本当になにを言ってるんだ!」

 声が大きくなるアカイに対してシノブの声はもっと大きくなる。そんな言い訳は絶対に許さない! 説き伏せてやる! 言うことを聞かせる! これはもう躾の問題だ!

「あんたこそ何を言ってんの! 私を見なさいよ! 今だけは見ることを許可してあげる! 私は見た通り若くて綺麗で頭だって良いんだからね! 才色兼備ここにありよ! そんな私はいま体調がすごく悪くて弱っている状態。こんなすごい案件を見捨てて何をしようってんの? どうせ大したことしないんでしょ? そうよあんたの人生に特に大きな出来事が待っているわけじゃないでしょ? たとえなんであろうがいまの私よりもはるかにどうでもいいことに決まっているんだから私の荷物を持ってよ。それがあんたの架せられた崇高なる使命というわけよ!」

「えっ? えっ? えっ?」

 混乱を極めているアカイに対してシノブの怒りは頂点の達する。頭が悪いのは受け入れるが、聞き分けがないのは受け入れられない! そこには我慢が出来ない! こいつ本当に偽者! アカイは聞き分けだけはそこそこいいんだから!

「だから、なんで、わかんないの! ならもっとはっきり言うわよ! 私みたいな身体が弱くて困っている美人を助けないなら男なんてやめなさいよ! 私みたいな若い女と旅ができることに喜びを見いだせないのなら男なんてやめなさい! というよりも生きるのをやめた方が良い話よ! だって楽しいでしょ? 良い女を助けるって? 嬉しいでしょ? 私みたいな女に頼られるのって。あなただけが頼りなのよと言われたら男としてに自信に繋がるでしょ? 男に生まれてきて良かったと思うでしょ? そうでなかったらなんのために女よりも強い身体で生まれてきたのよ! 己の存在意義を発揮できないならその力を私にちょうだいよ!」

 もう何も言えず口をパクパクさせているアカイに対してシノブは指差し告げる。

「でも旅の終わりにはあんたみたいなおじさんとはもちろん結婚なんてしないわよ。私は王子様と結婚して王妃になるんだからね。それがこの旅の目的であり使命なのよ。けど私も恩知らずな女じゃないわ。功労者としてそれなりの地位を与えて他の女の紹介はいくらでもしてあげる。同い年ぐらいのお姉さんがたなら出世したあなたを好きになってくれるでしょうね。生物の摂理に従い同世代で仲良くしてね。ということで私は駄目! もう予約済みなの。でも荷物は持ってね」

「なんて酷い女だ!」

 アカイが叫びもシノブは鼻で笑った。こいつ本当に笑える。ここまで話が通じないってアカイよりバカ。生きてて辛くないの? かわいそ。

「酷い? 私みたいな女と結婚したがるあんたの方がよっぽど酷いわよ。なんでよりによって私があんたなんかと……身の程知らずの愚かにも程あるわ。弁えなさい。でも荷物は持ってね」

「どういう頭をしたらこんなことを言えるようになるんだ」

 震えから恐怖心が伝ってくるもシノブは平然として返した。

「うるさいなーだいたいあんたアカイじゃないんだから、どっか行ってよ! アカイでないなら私にとってどうでもよすぎる!」

 緩慢ながらもシノブはアカイを前蹴りで押した。これでも不意討である。するとどうだろうアカイは叫び声と共に眼の前から消えた。

「ふぅすっきりした。いままで言えずにモヤモヤしていたことを全部吐き出せて良かった。いまのは幻でしょうね。だってアカイだったら私に触れたらこっちが引くぐらい歓喜な反応をするしさ。あんなに余裕ぶった態度なんてあいつらしくもない。まっそもそも私のことを好きではないアカイってはじめから知らないからあんな態度を取られたら違和感しかないわよ。まっ本物だったらごめんなさいだけどさ」

 言うやいなやたちまちのうちに霧が晴れると足下は崖っぷちでありシノブはへたり込んだ。

「嘘! まさかあのまま進んでいたら!」

 谷を覗き込みながらシノブがそう言うと隣で声がした。

「なんだこれ! がっ崖じゃないかシノブーーーー!」

 自分を呼ぶ声に反応してそちらを見るとそこにはアカイがいた。泣きっ面を晒しさらにブサイクな顔のアカイ。シノブは驚くよりもひとまず、安堵した。
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