わがおろか ~我がままな女、愚かなおっさんに苦悩する~

風神雷神と俺 (アカイ47)

 俺の言葉にスレイヤーが驚くと同時にカオリは溜息をつく。

「あんたのその自信はどこから来るのよ。虚無から生まれたってそこには辿り着かないわよ」

「俺は天の彼方から来たからね。自信もそこから生まれたってわけだ」

「相変わらず頭がおかしい。とにかく今はシノブちゃんも頭に血が昇っているでしょうから少し落ち着かせて。それから会ってさ」

「先に、行かせてもらう」

「ちょっと人の話を聴いて!」

 カオルの静止声を背中に受けながら俺は飛ばずに駆けだした。シノブが待っている。俺を待っているのだ。俺の予想だとこうなる。現在シノブは心が乱れ封印されていた力を暴走させている。よって誰かが止めなければならないがそれは誰? もちろん俺。

 彼女自身も心のどこかでこの暴走を止めたいと思っているはず。きっとそのはず。そうであるので俺はここで彼女を説得して心を通わせる。するとどうだろここに愛が生まれ……俺達の心が結ばれて……あぁもう愛が止らない。

「何奴! そこを止れぇ!」

 誰だ俺とシノブの愛を止めるのは! と眼の前に槍が立塞がり物理的なため俺の妄想と足は止まる。立派な城門がそこにあり二人の門番がそこにいて通せんぼをしている。困るな、と俺は思った。邪魔だなぁと。俺、救世主なんだけど。

「あの、俺はこの中に用があるのだけど」

「誰だと聞いておる! 名を名乗れ!」

「アカイだ。俺は救世主でありこの城の危機を救いに来た」

 門番二人は視線を交わしそれから無言となった。意味不明な言葉の次は聞き捨てならない言葉が来た。どっちを先に聞けばいいのだ? 救世主ってなんだ? 気になるが、それよりも気になるのはもっとそっちのほう。

「先ず城の危機とは何だ?」

「怪しい忍者が一人ここに忍び込んだ。門の上を越えて入ったかと思う。それと今夜妙な騒動が起こるかと。あっほら何か声がする。それじゃないのか?」

 なっ! と門番が驚き考えていると突然爆発音が聞こえた。

「何ごと!」

 門番が門の中に入るのにアカイも勝手についていくとそこは騒乱状態であった。異形なるものたちが城内で暴れ武士たちや忍者と戦っている。

「鬼ン肉一族では!」

 俺がそう言うと近くにいた筋肥大したその異形なるものが襲い掛かってきた。門番二人が立ち向かい応戦している隙に俺は城内へと入っていく。もはやこのような行為も誰も咎めぬほどの混乱ぶり。まさに革命前夜そのものよ。

「シノブの言っていたことは本当だったんだ。ならよし!」

 よしではないと思いつつも俺は走って行く。すると中庭と思しきぐ空間に立ち入ってそのなかをぐんぐんと進んでいく。日本庭園ちっくなここはきっとお城の真ん中かなと思っていると声を掛けられた。

「よぉあんた。どこに行くんだ?」

「この先はちょっとお引き取りを願おうか?」

 ぬっと二つの影が俺を覆い見上げると俺は社会科見学での浅草観光を思い出した。あの浅草寺の仲通りの入り口の門にそびえ立つ二体の像。風神雷神にしかみえない厳つい二人組が現れた。異形でもはや神々しい。一周まわって恐怖が遠くに行った。心が素直になる。

「あの、この先に行きたいというか、お尋ねするがシノブって子を知らないかな? いまは忍者なんだけど」

「シノブ? ってあのシノブ?」

「おっあんたも知り合いか。なに? あいつもここにいるの? よくこんな状況下で入れたな」

 共通の知人? と俺は驚きながら同意した。さすがは有名人、世間が広いんだな。

「俺もそう思う。危険だから俺が傍にいないと」

「あっそういうことね。するとおたくがいまのシノブの保護者みたいなものか。大変だっただろ」

 なんだこの会話は? と思いつつ俺は安堵した。二人は悪者ではなさそうだと。

「それはもうなかなかに。代わりに荷物とか持ってさ」

「そうだよな、あいつ持てないだろうし。そうかそうか探しているわけだな。でもここにいるとは……あぶねぇ!」

 雷神が張り手で以って俺をぶっ飛ばした。俺はその意図をすぐに察した。そう、俺が立っていた頭の位置にクナイが通過し木の幹に刺さったようだ。当たっていたら確実な死。それこそ死んだ自覚がなくあたりに彷徨う霊となること必至。木の上から音も無く影が降りてきて俺は姿は見えないものの叫んだ。

「シノブ!?」

「アカイ、会いたかったよ。でもちょっと待っていてね」

 暗闇のどこからか縄が飛んできて俺の身体に巻き付きそれから傍にあった立派な松の木に縛りつけられた。これは一体全体どういう技だ!? と呆然としているとシノブが姿を現した。初めて見る忍者衣装。素晴らしいと俺は微笑んだ。

 その堂々としたくノ一スタイルに俺は頷くばかり。シノブらしく肌の露出がほぼ0の衣装。そういうのが良いんだ。サービスをしないという真のサービス。媚びずに凛々しくしているのが最大のサービス。髪は隠していないが口を覆っているところが最高だと俺は頷く。鼻や口の美を敢えて隠しているのが更に美を引き立てているのが至高だ。マスク美人だけでなくそのマスクをとっても美人なのは人類社会に対しての貢献だ。そのうえシノブは目がぱっちりしていてそこが……美しさを通り越してもはや怖い、と俺はシノブの瞳に殺意があるのを感じ取って怯んだ。

「それとそっちの二人も会いたかったわね。よくも私を置いて行ってくれたね。あの怨み……忘れていないよ」

 シノブの言葉に風神雷神は構えた。もはやさっきみたいな軽口は叩かず余裕を見せない。ここまで見せたクナイと縄と隠蔽の術で分かったのだろう。眼の前にいる女は無力で哀れな存在ではないと。そうではなく、恐るべき強敵であると。

「ああ俺達もあの日のガッカリは忘れていないぜ」

「強敵に会えるかと思ったら全然で騙された。よくも騙してくれたな」

「安心して。二人の希望以上のものをあげるからさ。それとねアカイ」

 冷たい眼差しを向けられ俺の背筋は凍った。待ってなんでそんな眼で俺を見る?

「あの二人を片付けたら、次はあんたの番だからね」

 俺は嫁に殺されるのか? 結婚していないのに? なに? 勘違いに加えてカオルの巨乳に浮気したのが執行猶予のつかない実刑判決なの? 指先でも掌でも手の甲でも触っていないし乳首も見ていないのに、そんな馬鹿な、あまりに無慈悲な……俺の目の前は真っ暗となった。
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