上司の契約妻になりまして。


「もう、お前のこと女として見れないんだよね」
 そう言って来たのは喫茶店に呼び出して来たユキくんだ。大学生のころから付き合って五年、去年から同棲までしていたのにどうして……
「……え? どういうこと?」
「だって、おまえ仕事ばかりで構ってくれないだろ? それに最近化粧っ気もないじゃないか」
「それは時間がないからで……それに、生活費だって払うために必死で。ユキくんがこのマンションに住みたいって」
「そりゃ、おまえは大手企業勤務なんだから当然だろ? それとこれは別じゃん、彼女は可愛くなきゃ」
 ユキくんはそう言って誰かを呼ぶとこちらに女の子がやって来た。その女の子を引き寄せるとユキくんから別れを告げられた――それは一週間前の出来事である。

それからすぐ恋人と別れたことを知った母からお見合いを勧められ帰ってこいと言われたのは数日前。
「結婚なんてしない! そっちにも戻らないんだから!」
 そう感情的に叫びブチっと切り「仮にも浮気されて傷心中なんですけど、結婚なんて」と呟いていると同じように同じ内容を叫んでいる男性を見つけた。
 叫んだ男性はこの会社の御曹司で上司の須坂さんだった。

「――良かったら俺と結婚しない?」
 いつも長い前髪と眼鏡で地味だと言われているのに、なぜか前髪をかきあげメガネを外している須坂さんは容姿端麗でたまたまいた私にそんなことを告げた。
 


 ***

 
「本当にいいの? 杏月さん」
「はい、もちろんです。私は、須坂さんと結婚します」
普段なら行くことも叶わなかったレストランで食事をしている私、鈴野(すずの)杏月(あづき)は結婚式を明日に控えている花嫁だ。
 女の子なら皆が憧れるその日だけはお姫様になれる一生に一度の晴れ舞台なのだが、私は違う。
「わかった。では、契約成立だな」
 そして現在、向かい合い食事の相手は夫になる須坂(すさか)煌(こう)さんだ。
 普段、前髪は長く眼鏡をした結婚しない?』なんて言ってきた相手だ。そして、この須坂さんのいう“契約”は、利害が一致した契約結婚のことである。
「俺は杏月を妻にする。だが、これは同居だ。君に求めるのはただ“良き妻”として隣に立っていればそれでいい」
「分かってます。須坂さんはこちらで仕事続けさせてくれるんですよね?」
「あぁ、好きにすればいいよ」


 そして翌朝。結婚式場の控室には杏月と杏月の両親がいた。
「杏月、綺麗ね」
「ありがとう、お母さん」
「ほらお父さんも杏月に何か言ったらどうなの? 娘の一生に一度の晴れ舞台なのよ?」
 この結婚を伝えた時、両親はひどく反対した。都会の男に浮気されて振られたばかりなのに、今度は金持ちと来た……騙されているのではと思うのが普通だ。だが、煌さんの結婚までのシナリオは出来上がっていてずっと私に片想いしていてフリーになったと聞いてすぐに求婚したのだと熱く語った。そしたら両親は了承し、トントン拍子で結婚が決まった。
 お母さんとお父さんはウェディングドレスを着た私を見てもう涙目だった。三十にもなって結婚しないで仕事ばかりする娘なんて田舎でしか住んだことのない二人からしたら体裁が悪いんだろう。
「まぁ、……幸せになるんだぞ」
「うん、幸せになるね。ありがとうお父さん」
挨拶に彼と実家に帰った時は変わらないと思っていたが、今日正装を着ている両親を見ると歳を取ったんだなと思ったりする。
 結婚式が終わると婚姻届にサインをした私は、煌さんの妻になった。



 
【須坂side】

「杏月、綺麗だな。君を妻に出来て嬉しい」
それは本心だ、嘘ではない。だって俺は杏月に惚れているんだから。
  彼女との出会いは、俺が教育係になった日だ。俺は御曹司ということをバレないように長髪に表情を隠したくて前髪が長く眼鏡をしていた。
『はじめまして、よろしくお願いします』
 杏月は地味な俺に対しても態度は変えずにいてくれた。だけど、本当に何もできない子だった。教えても直ぐには出来なくてお局さまに怒られているし、電話対応も緊張してこちらがヒヤヒヤして、エクセルは本当の初心者なのか? と思うくらいダメダメだった。
 これ……やめるんじゃないかと思ったくらいに。でも、杏月は本当に一生懸命にやっていてそんな姿が『可愛いな』と思うようになった。
 それからアプローチし続けたんだが、まったくダメだった。それどころか『もう〜冗談ばかり言わないでくださいよ』と言われる始末で他の社員に何度、哀れ目で見られたか分からない。
 そんな俺が彼女と結婚できるのは“結婚より仕事がしたい”“親からのお見合いが億劫”だと杏月はしんじているからだ。
 彼女は“契約結婚”だと本当に思い込んでいる。
今はそれでいい。結婚すればこちらのものだ。俺しか見えないくらい愛せばいいんだから。


 * * *


 
結婚式が終わり、一か月経った。
 変わったことは、苗字が変わったことで下の名前で呼ばれるようになったことと須坂の妻だからと遠慮されるようになったことだ。そして、煌さんとの関係だ。
 二人でいる時は眼鏡を外し前髪を持ち上げる彼はとてもかっこいい。
「杏月さん、今日あの部長と二人きりでいたよね?」
「え? 山林(やまばやし)さんのことですか」
「……他の男の名前は聞きたくない」
そう言って、唇を食すようにキスをされる。そして、誰もが見えるような場所に赤いキスマークをつけた。
 まるで、独占欲丸出しの彼氏のように。
「あの、煌さん? 私たちって、愛し合うような関係じゃないですよね? 煌さんは私のこと好きじゃないのにこんなこと」
「はぁ……今まで我慢していたが、もう遠慮はしない」
「えっ? 煌さん!?」
「俺は君を愛している。これからは全力で君を落とすつもりだから覚悟しろ」
そう言った煌さんは、今まで聞いたことないくらい色っぽく耳元で囁いた。そして私の唇を人差し指で触れると、頭をグイッ引き寄せて甘く口付けをする。
 私は突然のことに眼鏡を取った時以上に驚いて固まってしまった。
「えっ……!?」
 彼の行動を理解して私の体温は急上昇し、顔が赤くなるのが自分でも分かった。



              END.
 


 
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