黒兎の相棒は総長でも止められない

抗争後の再会

玄関のインターホンが鳴った。

 

――ピンポン。

 

その音に、私は一瞬呼吸が止まるほど体を硬直させた。

 

(……凪くん…?)

 

スマホを見ると、ちょうど新しいメッセージが届いていた。

 

【着いた。少し出れるか?】

 

震えた指先で玄関のドアを開ける。

 

そこに、立っていた。

 

「……七星」

 

少し乱れた髪、薄く擦り傷の残る頬、汚れたジャケット。

けど、凪くんはちゃんと立っていた。

 

私の目の奥が一瞬で熱くなる。

 

「……っ」

 

言葉にできなくて、咄嗟に駆け寄った。

 

バンッ――

勢いのまま凪くんの胸に飛び込む。

 

「……バカ……っ…ほんとに、バカ…!!」

 

凪くんの腕がすぐに私の身体を強く抱き寄せた。

 

「泣くな」

 

「……だって…だって……!」

 

「無事だっつったろ」

 

低い声が、耳元に落ちる。

でもその声は、いつもより少しだけ優しく震えていた。

 

私は顔を埋めたまま、涙を止められずにいた。

 

「……怖かったの…!」

 

「わかってる」

 

凪くんの手が優しく私の髪を撫でる。

 

「ずっと…既読も付かなくて…ほんとに、もう…!」

 

「七星」

 

名前を呼ばれて、私は少しだけ顔を上げた。

涙で滲む視界の中、凪くんが私を見つめていた。

 

「お前の前で倒れるわけねぇだろ。――誰だと思ってんだよ」

 

その言葉に、また涙が溢れる。

けど、胸の奥はようやくあたたかく満たされていく。

 

「ほんと、意地悪……!」

 

「知ってる」

 

凪くんは少しだけ口元を緩めて、小さくキスを落とした。

 

「もう離さねぇから」

 

甘く、低く、でも力強いその声に――

私は安心したまま、静かに凪くんの胸に身体を預けた。



凪くんの胸にしがみついたまま、私は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
けど――

 

「……なに人んちでイチャついてんだよ」

 

玄関の奥から呆れた声が響いた。

 

「お兄ちゃん…!」

 

振り向くと、兄がいつもの無愛想な顔で立っていた。

その顔に傷が残っていて、私は思わず駆け寄った。

 

「お兄ちゃん…ぶじで、よかった…!」

 

「バカ。泣くなよ」

 

兄は軽く頭を撫でる。
その手の動きが妙に優しくて、私はまた少し目頭が熱くなった。

 

「ほんとに…ほんとに心配したんだから…」

 

兄は凪の方へちらっと目を向けた。

「…こいつがちょっとだけ危なかったけどな」

 

その言葉に私はまた一瞬で顔色が変わる。

 

「え…!?凪くん…!?」

 

凪は軽く舌打ちするように吐き捨てた。

 

「……るせぇよ」

 

「ばかっ!ほんと、ふたりともばか…!」

私は両手で顔を覆って、声を震わせた。

 

「でも…ほんとに、無事でよかった…」

 

兄も凪も、そこでようやく少しだけ口元を緩めた。

 

「――で」

兄が腕を組み直し、二人を見据える。

 

「ちゃんと説明してもらおうか?」

 

その空気に凪がわざとらしく肩をすくめる。

 

「こういうことだ。よろしく、お兄さん」

 

兄が一瞬、苦笑まじりに鼻で笑った。

 

「お前に“お兄さん”はちょっとな。身震いするわ」

 

凪もふっと小さく笑う。

「は?なんだそれ」

 

「……まあ、いいや」

兄はわずかに目を細めた。

「お前なら、託してもいいんだろうな」

 

「ああ。任せろ」

 

短く返した凪の声に、七星の胸はまたぎゅっと温かく締め付けられた。

 

こうして――
ようやく、長かった夜は本当に終わりを迎えたのだった。


< 57 / 61 >

この作品をシェア

pagetop