練習しよっか ―キミとは演技じゃいられない―
涼真くんとW主演?
──その数日後
マネージャーから告げられた、新しい仕事の話
「奈々、主演ドラマ決まったよ!
しかも――
相手役、あの涼真くんだって!」
「えっ…!?」
カフェで打ち合わせの帰り__
少し疲れた身体に飛び込んできたその言葉に
思わず、声が裏返った
「本気?涼真くんって…涼真くん?」
「うん、相手役も主役だよ。ガチのダブル主演。
テーマは“再会した元恋人の、大人の恋愛”
……タイトルは『二度目のファーストキス』」
___その言葉を聞いた瞬間
心臓が跳ねた
「……すごい、うれしい。けどなんか、夢みたいだな」
「これが現実。ちゃんと台本、読んでおいてね」
カバンに台本を入れて
その日の夜は興奮でなかなか眠れなかった
涼真くんとまた一緒に作品を作れる
しかも今度は、ちゃんと“好きな人”として
──後日
撮影前の控室
スクリプトを手に持って待っていると
ノックの音とともに、見慣れたシルエットが入ってくる
「……よ」
「……来たね、相棒」
「は?そんな照れんなって」
くすっと笑って
私たちは自然と並んで椅子に座った
ふたりの距離は、もう“共演者”だけじゃなくなってて
でも、芝居の現場ではしっかり切り替えていく空気が流れてた
「でも正直、また一緒にやれるのうれしい。ほんとに」
「俺も。今度は…演技ででもちゃんと落としてやる」
「え、私もう…落ちちゃってるけど…」
「…じゃあその分、芝居でギャフンって言わせてやるから」
笑い合ってるけど、台本を開けば空気は一気に変わる
そこには
第6話、ベッドシーン――の文字
……他の俳優と演じるシーン
しかも、
涼真くんの目の前で
胸が少しだけ締め付けられるけど
私は、プロとしてやらなきゃいけない
「…涼真くん…私頑張るからちゃんと、見ててね」
「……ああ、目離さねぇよ」
その言葉で、また心が強くなれた気がした
____
静かなスタジオセット
カーテンを通して差し込むオレンジのライトが
夕暮れのベッドルームを演出していた
スタッフが黙々とセッティングを進める中
奈々はひとり、鏡の前で深く呼吸を繰り返していた
脚本のページには、赤字で書かれた注意書き
「※濃密な演出を要するため、感情の流れを最優先に。実際の動きは役者と相談のうえ調整」
(大丈夫、大丈夫…私は“凛”。今は奈々じゃない)
そう心で繰り返しながらも
視線の先に立っていたのは――涼真だった
スタッフの一人として見学という形でそこに立っている
少しだけ視線が合った
奈々の喉が、ごくんと鳴る
(……いるんだ、本当に見てる)
そして――
「用意、スタート」
──カチン
凛は、黒川圭吾の腕に抱かれ
ゆっくりとベッドに押し倒される
白いブラウスのボタンが外され
首筋にキスが落ちる
脚本どおり、凛は目を伏せたまま
少し震えたように息を漏らす
その仕草に、黒川役の俳優が
さらに柔らかく身体を寄せる
『……無理してるの、わかってる』
『……でも、優しくされると……期待しちゃうよ…』
奈々の声はふるえていた
それも演技として、成立していた
だが――
ふと
視線が逸れて、もう一度だけ…涼真の姿が見えた
彼は
他のスタッフが見えない位置から
ただ静かに、まっすぐ奈々を見ていた
____その唇が動いた
"集中しろ"
奈々の瞳が、わずかに揺れる
そして――もう一度だけ、涼真が
"思い出せ"
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締めつけられるようだった
思い出す
__何度も重ねたリハーサルの時間
あの日の練習
涼真の手の温度
耳元の囁き
背中に落ちたキスの余韻
奈々は目を閉じて、そして――
『……ねえ…もっと、抱いて…お願い……』
そのセリフは、凛のものだった
でも、どこか…ほんの少しだけ
“奈々”の感情が混ざってしまったような気がした
黒川が彼女の腰に手を回し
首筋に口づけると
奈々の喉から、自然と小さな吐息が漏れる
『っ…っあ』
脚本の通りだった
すべてが、役としての動きだった
けれど
そのたびに涼真の視線が鋭くなるのを
奈々は肌で感じていた
(涼真くん…ごめんね、でも――)
「……カット!」
声が響いた瞬間、スタジオの空気がふっとゆるんだ
「……ありがとうございました!」
奈々がそっと体を起こし
黒川役の俳優に軽く会釈をしながらベッドから降りる
足元が少しふらつくほど、力が抜けていた
そのとき――
スタジオの隅から近づいてきた、彼の姿
涼真だった
目を伏せたまま、奈々は無意識に言った
「……ちゃんと、できてた?」
__涼真は答えなかった
ただほんの数秒だけ、奈々の顔をじっと見てから
「……ちゃんと、演じきったな」
その声には、優しさと…ほんの少しの苦さが混ざっていた
「……ありがと」
奈々は、唇をかすかに震わせながら微笑んだ
心の中で――
何かが、少しずつ変わっていくのを感じていた