ホツ・マツアの恋

第13章 春の気配に消えた君

 別れの日が決まっている恋は、こんなにもつらいものなのか。逢えば逢うほど、切なさが加速する。
 マツアはその感覚に耐えきれず、眠れぬ夜をいくつも数えた。
 夢の中に堕ちていくときだけが、ほんの少し現実から逃げられる時間だった。

 冬休みに入ると、朝から夕方まで、二人はずっと一緒にいた。
 スマホで他愛ない写真を撮り合い、浜辺では凍える風に震えながら、
互いの片方の手袋を脱いで、恋人繋ぎをした。

 マツアの瞳に揺れる悲しみは、セイラの胸に痛く刺さった。
(何かを隠している……)
 そう感じていたが、問い詰めれば、この関係が一瞬で泡のように消えてしまう気がして、言えなかった。

 冬休みが終わり、セイラにとって最後の三学期が始まった。
 地元の小さな会社に就職が決まっていたセイラ。
 だが――

「就職先、決まったよ」

 そうマツアには伝えたけれど、「地元だ」とは、なぜかまだ言えずにいた。

 ある日、マツアはぽつりと告げた。

「セイラさん、僕は……父に逢いに行くことにしたよ」

 その呼び方に、セイラは息をのんだ。
――“先輩”じゃない。“さん”と呼んだのは、これが初めてだった。
 何かが終わり、そして何かが始まる。そんな予感が胸をよぎった。

「そう……。どこにいるのか、わかったんだね」
「うん。遠いよ。とても遠い、この海の果てにいるんだ」
「……しばらく、逢えないってことか」
「何、泣いているんだよ、マツア」
「一緒にいたい。ずっとそばにいたい」

――かわいいヤツだな、マツア。
(あたしたちの心は、いつも一緒だよ)

 その言葉を、セイラはそっと飲み込んだ。
 東京での就職をやめ、地元に残る決意をしたことも、まだ伝えられずにいた。


---別れまで、あとどれくらい?

 そのフレーズが、今度はセイラの耳の奥で繰り返された。
 無意識に、彼女はマツアの鼻をつまんだ。
「一緒だよ、ずっと。心は、いつも」

 ふたりは、ためらいもなく唇を重ねた。
 涙が頬をすべっていく。
 それが愛しさの涙なのか、悲しみの涙なのか、わからなかった。
 いろんな想いが混ざり合って、切なさという形になっていた。

「この浜辺が、あたしたちの待ち合わせ場所だよ、マツア」

「……うん」

「だから、あたしはここで待ってる」

「……東京には?」

 マツアの問いかけに、セイラはもう一度、彼の唇をそっと塞いだ。

「ここで、待っているから」


※   ※   ※

---別れまで、あと……1日

 そして、卒業式が来た。

 セイラが卒業証書を受け取る後ろ姿を、在校生席からマツアは静かに見つめていた。
 マツアは涙が、止まらなかった。
 胸の奥が、引き裂かれるように痛んだ。

 卒業式が終わって、セイラは校内を探し回った。けれど、マツアの姿はどこにもなかった。

 卒業証書を握りしめたまま、セイラは街を彷徨い、そして……いつもの浜辺へとたどり着いた。
 そこには、何もなかった。
 冷たい海風が吹きつけ、冬の海が広がっているだけだった。

 でも、ふと顔を上げたセイラは、その先に――
 ほんの微かな、春の気配を感じた。

 それはまるで、マツアの気配のようだった。

「マツア……ここで、待っているからね」

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