放課後、先生との秘密

54話 悪夢



あれからクリスマスが終わり流れるように年末になった。
1月1日はパパのサプライズで家に先生が来てくれた。




先生とコタツに入ってひたすら勉強させられたのはほんとに辛かったなぁ…笑笑








でもこたつの下で隠れて手を繋いで、誰も居なくなったらぎゅーしたりして。







それも今になればいい思い出。







それから時が経ってもう1月も後半に差し掛かっている。
卒業まであと2ヶ月。
受験まであと1週間。






追い込まれすぎて最近嫌な夢を見てしまう。





ママが目の前で死んじゃう夢。
レトくんが包丁持って追いかけてくる夢。
先生と喧嘩する夢。
先生が他の女とイチャイチャしてる夢。
受験に失敗する夢。





きっと受験に追い込まれすぎて、脳がパニックになってるんだと思う。





ほんと毎日悪夢に襲われてて寝ても寝ても眠たいの。






「…っは……もう17時じゃん…図書室いかないと」






体が痛くてぐっーっと歩きながら伸びをする。
ふと運動場を見ると先生が走っていた。




先生は外でサッカーやってるからそんな急がなくていいか…





楽しそうだな…
無邪気な顔してさ……









「はぁ…何してんだろあたし」




今でもこうやって教室に1人誰にも起こされることの無いまま寝ちゃってた。





せめて起こしてから帰ってくれよナチ…






あぁ…なんか動悸がして息苦しい。
ここまで酷いのは初めて。
最近2時間くらいしか寝てないもんね。
そういえばなんの夢…見てたんだっけ。






そうだ………先生と別れる夢だ。







あたしがわがまま言ったら「めんどくさい女」って言われて別れちゃって、「行かないで」って言ってもあたしのこと無視して…








…先生に会いたい。









そんなこと考えてたら急に後ろから声をかけられた。







「まだおったんや…めっちゃうなされてたけど大丈夫?」









聞き覚えのある鼻声。
もう懐かしいとまで思ってしまう。






振り向くとレトくんが立っていた。







「………なんか…怖い……夢見て……」


レト
「顔…真っ青やで?息切れも凄いし」






ズカズカと近ずいて来て、流れた涙を拭いてくれた。




離れなきゃ行けないのに体が動かない。




別れてからもう4ヶ月くらい経ったけ。
こんなあたしをまだ嫌わないでいてくれてるんだね。





嬉しい。







あたしってほんと最低だ。
好かれてて嬉しいと思ってしまった。



抱きしめて欲しいって…思って…
レトくんでも誰でもいいから…
今すぐに人の温かみを感じたい。






なんてそんなこと彼氏がいるのに。
絶対先生に嫌われちゃうよ。






…こんな自分が憎くて仕方ない。





こういう時はどうやって対処していいかわからないの。




どうしようもなく今は苦しい。





レト
「おぉ…大丈夫?」


「…はっっ…ふうぅ…」







息の仕方が分からない。
なんでこんなにパニックになってるんだよ。







レト
「何があったんや?清川と喧嘩した?」


「ちが…う…っ」






この場から逃げなきゃ。





でも脳に酸素が回らなくてまったく体が動かない。




レトくんの顔がさらにグッと近づいてきた。
心配そうに眉を下げて、あたしの顔色を覗き込んでくる。







キス、されるかと思った……






レト
「深呼吸して葵ゆっくり吐いて……ほら、吸って」






レトくんがあたしの背中に手を添えて、リズムを刻むように優しく叩いてくれる。



でも、その優しさに甘えれば甘えるほど、頭の中の「悪夢」が現実と混ざり合う。







先生に嫌われる夢。






もし、今この状況を先生に見られたら?





元カレのレトくんに背中をさすられて、されるがままのあたしを見たら。





きっと失望して振られちゃうよ……





「……やだ…離れて……っ」


レト
「こんなフラフラやのにそんなことできひんわ」





レトくんの声はどこまでも穏やかで、あたしを逃がしてくれない。





レト
「最近顔色悪いけどちゃんと寝てる?」


「……勉強しな…いとだからっ寝る時間…なんて」

レト
「受験まだ終わってないんか」






レトくんは、震えるあたしに一段と力を込めた。





レト
「…頑張りすぎやでそろそろ壊れてまう」


「……壊れても、いいの……受からなきゃ……」






先生との約束だもん。
旅行も何も出来なくなっちゃう。






レト
「そんな追い込まれてんの…可哀想に」







レトくんがあたしの体を包み込むように、ぐいっと引き寄せた。







「……っ、レト、くん……!?」





あたしの顔は彼の胸元に押し付けられて、視界が真っ暗になる。



鼻をつくレトくんの懐かしい匂い。
その奥から聞こえる、激しくてどこか悲しそうな鼓動。






レト
「葵がこうなるなら…清川に返さんかったらよかったわ」






そう言って抱きしめられた瞬間、張り詰めていた糸がプツンと切れた。



「受からなきゃ」「先生に嫌われたくない」……そんな、自分を縛り付けていた全部の感情が、レトくんの腕の中で涙になって溢れ出していく。



あたしはレトくんのシャツをぎゅっと掴んで泣いた。







最低だ。






先生という人がいながら、好きになれなかった元カレの腕の中で安心してるなんて。





でも、今のあたしにはこの温もりが酸素だった。






レト
「……よしよし……大丈夫やで葵は十分頑張ってる」






レトくんはあたしのあたまを大きな手で包み、あやすように何度も撫でてくれた。







「ううっ…レトくんっ」

レト
「なぁ………俺のとこ戻ってこやん?」
「今でもずっと葵のこと好きやねん…1日も忘れたことない」


「……」







ごめんねレトくん。




好きになれなかったのもそうだし、
都合よくレトくんに泣きついてるこの状況も
ほんとあたしはどこまでも最低だ。




レト
「…清川が嫌になったらいつでも戻ってきてほしい」





ごめん絶対嫌だ。
あたしが先生を嫌になることなんてあるわけない。

ちゃんと否定しないと。
また期待させて傷つけちゃいけない。






「ご…め……んそれ…は、ないから」

レト
「あはは…まず俺の事好きちゃうかったか……」






そう悲しそうに笑うレトくんに、申し訳なくて余計涙がこぼれ落ちた。




レトくんはあたしをあやすように何度も、何度も背中を撫でてくれる。


その一定のリズムに、パニックになっていたあたしの呼吸が少しずつ整い始めた、その時。




遠くの方で足音が聞こえた。
なんか……嫌な予感がする。



だってこの足音よく聞いたことあるもん。
一定間隔で歩く聞き心地の良い音。




間違いなく先生だ。



まずい今すぐレトくんから離れないと……!







「……先生きたっ…離して」


レト
「嫌や離さへん」





レトくんの腕に、さっきよりさらに強い力がこもった。






「まじでやめて先生に見られたら……っ!!」

レト
「…見られたらええやん」


「は、何言ってんのっ?!」





あたしが離れようともがけばもがくほど、逃がさないと言わんばかりに、強く引き寄せられる。





先生…ごめん。
嫌われても文句言えないよ。





でも勘違いされたくないから。
別れたくないから。
傷つけたくないから。





「まじでいい加減にしろっ!!!」




あたしは今ある力を振り絞ってレトくんを全力で突き飛ばした。


やばいやばいこんな力持ってたんだあたし…
相手が女の子だったら暴力沙汰で停学だよ。




「ドンッ」という鈍い音をたてながら尻もちを着いたレトくんは、床に手をついたまま信じられないものを見るような目で、あたしを見上げている。




その後ろで足音が止まった。




ゆっくりと振り返ると、片手をポケットに突っ込んだ先生が立っていた。





この状況を明らかに掴めてない顔。
そりゃそうだよね、レトくんすっごく泣きそうな顔して尻もち着いてるんだもん。








先生
「……何してんの」






先生の口が全く動いてなかった。
怒ってる。
間違いなく。




漏れ出ているオーラが、いつもの優しい先生じゃなくて別人みたいに冷たくて鋭い。






レト
「……い…やっ」


「ご、ごめんなさいっ」






反射的に謝るしか無かった。
いや1番に謝らないといけないのはレトくんだ。
一歩間違えたら怪我させてたかもしれないのに。





先生
「何この状況…全然笑えねぇんだけど」



「せ、先生違うのえっと…いや」




何を言い訳しようとしてるの私。
今の状況を俯瞰したら間違いなく私が加害者で。
しかも口が滑ったらレトくんと抱き合ってたこともバレれてしまう。




先生
「……レトは怪我してねぇ?」


レト
「…大丈夫………」



先生はあたしのことを一切見ずに横を通ってレトくんに近づいた。




先生
「保健室行く?1人で帰れるか?」
「派手にコケちまったなぁ腰抜かしてんじゃん」







そう先生はレトくんを立たせて頭をトントンと撫でた。




な、なんで?
なんでレトくんに優しくするの?
あたしが悪いのかな?
突き飛ばしたのは申し訳ないと思ってるけど…




レト
「ありがとうございます…」

先生
「で、2人とも何があった?」
「…葵になんかした?」
「じゃねぇと突き飛ばしたりしねぇだろ」
「なぁ?答えろって」







さっきまでレトくんにニコニコ喋ってたのに仮面が剥がれたように今は真顔で。
きっと優しく接したのはレトくんを油断させるため。





レト
「……せんせっ……あの」





レトくんは先生に圧倒されて冷や汗をかいてるようにみえる。





先生
「あははごめん怖い顔してたな…怒んないから言ってみ」





「怒んないから」って言葉は怒る時に使うんだよ。





先生は一歩、また一歩と、逃げ場をなくすようにレトくんに歩み寄った。





レト
「……っ、いや……あの…支えようとして……」

先生
「ふーん支えようとして?」





先生はレトくんの肩に手を置いた。
置かれた手の指先には、骨が軋むほどの力がこもっているのが見て取れる。




レト
「……、痛っ!!」


先生
「そんなんで突き飛ばされるわけないよな?」


「あ、あたしが悪いの…だからやめて!!」





必死に絞り出した声が、静まり返った教室に高く響いた。



バレたくない。
怒られたくない。
そう思ったらレトくんを擁護していた。





レトくんの肩を掴んでいた指の力が、スッと抜ける。


でも、それは「許し」じゃなくて。


先生はゆっくりとあたしの方へ体を向けた。







先生
「……ああ、そう葵が悪いの」




先生が口角を吊り上げて笑う。
でも、瞳の奥は一滴の光も通さないほど真っ黒に濁っている。





先生
「レト……お前、葵に感謝しろよ? お前のこと守ってくれたんだから」



レト
「……っ、清川先生っ……」


先生
「……もう帰ってくんね?……これ以上ここに居座って、俺に『最悪な想像』をさせる前に、さっさと消えろ。もう二度と2人きりになるな……分かったな?」


レト
「……はい」






先生の瞳に宿る、逃げ場のない「拒絶」。
レトくんは青ざめた顔であたしの方を一度だけ、ひどく悲しそうに見て逃げるように教室を飛び出していった。



バタン、とドアが閉まる。




廊下を走っていく足音が遠ざかり、放課後の教室には、あたしと先生二人だけ。




夕焼けが差し込む。
2人きりになれたのに全然嬉しくない。





先生がため息をつきながら机に腰掛けた。





先生
「で…どうして突き飛ばした?」



「…いっぱいいっぱいになってて……」

先生
「でもそれが突き飛ばす理由にはならねぇよな?」



先生の言葉が、逃げ場のない正論として突き刺さる。





「……っ、それは……」


先生
「いっぱいいっぱいなら人を突き飛ばしていいの?……それとも、突き飛ばさなきゃいけないようなこと……されたの?」




先生として怒られてるのか、彼氏として聞き出してるのか分からない。



先生はなにか察している顔をしてる。
どこまで隠し通せるか。
でも絶対気づいてるよね先生…





「……別に」






先生は無言のまま、ゆっくりとあたしの方へ歩み寄ってくる。

気づいたら両手を掴まれていて、同じ目線に合わせられた。






ふと香る先生の匂い。
あたしの大好きな匂い。
なのに今はそれすらも荷が重い。





先生
「なんで俺に隠すわけ?」


「……ちがうのっ」


先生
「何が違うんだよ……」






先生がさらに顔を近づけた。
何かを探るように。






先生
「はっ?…レトの匂いするんだけど」



「……っ!」



その瞬間、あたしの体は石みたいに固まってしまった。

あぁ気づかれちゃったよ…




先生は1歩後ずさりした。
あたしに対して、拒絶したように。





先生
「訳わかんねぇ…疑いたくねぇけど浮気してんのか?」
「隠すってことはそういうこと?」
「俺の事バカにしてんの?」
「こんなに好きなのは俺だけかよ…!!」



「んなわけないじゃん!!」
「バカになんか…浮気なんてもっとするわけない!!」


先生
「じゃあなんでレトの匂いすんだよ……」





「あ、あたしはっ」




言い訳を考えたけど、言葉が詰まって出てこない。
普通は最初に謝るべきなのに。
ほんと終わってるよあたし。




先生
「…否定してくれよっ!!」





先生が泣きそうになりながら叫んだ。
あたしのせいでこんなにも傷ついた顔をしている。
ごめん先生







「ち、違くて…っ」






今更否定しても遅いのはわかってる。
もうこれ以上どうしていいか分からないの。




先生
「クソッ……その感じ本当に抱き合ってたんだな…言い訳なんか聞きたくない」




先生はあたしから離れて、背を後ろに向けた。





先生
「………まだ間に合うんじゃね?レトと帰れば」







先生の口から出たその言葉は、冷たい刃物のようにあたしの心臓を突き刺した。
冗談でもレトくんと帰れなんて言わないで。




「……っ、そんな…なんでそんなこと言うの…!?」




先生
「だってそうだろ? あいつを庇って、俺に嘘ついて……そこまでして守りたかった相手なんだろ? 」
「だったら俺のとこなんて居るより、あいつの隣に居たほうが幸せなんじゃねぇの?」




先生は一度も振り返らずにそのまま。
その背中は、怒りよりも深い絶望と、あたしへの不信感で強張っている。




先生
「……俺、お前のことだけは、何があっても味方でいようと思ってたのに」
「俺のことバカにしてたんだな…」




「違うって…!!!!」







バカになんてするわけないよ。
焦りで涙が出てきた。
あたしが泣く立場じゃないのに、ほんとどうしたらいいの。




先生が歩き出す。
一歩、また一歩と、あたしから遠ざかっていく。
このまま先生が行ってしまったら、本当に全てが終わってしまう。
明日、学校で会っても、もう二度とあの優しい瞳であたしを見てくれることはない気がした。





「……まって、嫌だ……! 行かないで、先生!!」



あたしはなりふり構わず、先生の背中に向かって走り出した。
先生のジャージの裾を、指が白くなるほどの力で掴む。




「…あたしが好きなのは、先生だけなの……! 先生じゃなきゃ、嫌なの……っ!ごめんなさいお願いだから嫌いにならないで!!」


先生
「……離せよ嘘つき」



先生が低く呟く。
言われたその言葉に深く傷ついた。
そう言われて当然なのに。
勝手に泣いて自分が気持ち悪い。





だけどこの手は離したらもう二度とあたしの方へ戻って来ない気がしたから。






「そんなの…いやだっ」


先生
「……なぁなんで隠したんだよ……なんであいつの匂いが染み付くまで黙って抱き締められてんだよ」





先生がゆっくりと振り返る。
その瞳には、涙がもう溢れ出ていた。
あたしが先生を泣かせてしまった。
あたしが傷つけてしまった。




先生
「葵は……俺のこと、そんなに安く見てんの?」




先生は震えた声でそう言った。




「見てないしあたしは先生のこと誰よりも好きっ!!先生しかっ」

先生
「……ごめん今何言われても響かねぇわ」





先生は掴んでいたあたしの手をゆっくり解いた。



先生
「…気をつけて帰れよ」



先生はそう言って振り返ることなく教室から出ていってしまった。
廊下に響く足音が、夜の静寂に吸い込まれていく。



あたしはそのまま床に崩れ落ちた。





「……っ、う、あぁ……っ」



喉の奥から言葉にならない声が漏れる。




最悪だ。
先生を傷つけたくなくて、バレたくなくて、必死に隠した嘘が、結果として一番残酷な形で先生を傷つけてしまった。




「俺のこと、そんなに安く見てんの?」



先生の震える声が、耳の奥で何度も何度も再生される。

先生こそが、あたしのすべてなのに。
もう…無理なのかな。
なんであの時謝らなかったのかな。
初めからレトくんと2人きりになった時点で、何がなんでもその場から逃げるべきだった。





「…今更後悔しても遅いんだよ……」


あたしは一人、冷たい床にうずくまったまま、先生とお揃いのネックレスを握りしめて泣き続けた。





全部夢だったら良かったのに。




気が済むまで泣いた後、重たい足取りで家に帰った。






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