さみだれ
とろり、と蜜を溶かしたような瞳で、溢れる甘さを込めて、彼女のその可愛らしい横顔を盗み見る。

けれど、やはり息が出来ないくらい濃い霧の中に放り出されたかのように、ぶるり、と体が勝手に震えてしまっている。

失う事か。
それとも離れ離れになることが何時か来ると、心の中で思っているからなのか…。

未来の見えない事に怯える事しか出来ないからなのか…。

いや。
どれも当て嵌まる気がしない。

ただ、どろどろと心に染みを作る、この焦燥感はどうしょうもなく、俺の鼓動を激しく走らせる。


「…ずっと感じていた違和感は、美咲への気持ちのせいだった…?」

そう、ぽつり言葉を地面へと小さく落とすと…。

ぴたり、と今迄楽しそうに鼻歌を口ずさんでいたのを、彼女は急に辞めてしまった。

そして、ゆっくりと俺の方へ向き合いながら、話し掛けてくる。

「…ねぇ?憲司くん。人の気持ちってさ、十人十色って言うくらいだから、誰にも他の人には代替え出来ない深淵でも燃えるような、とても大切な聖域なんだよ?…まぁ、私の気持ちは絶対的に憲司くんの色に染まりたいとは思っているけど。憲司くんは、そんな風に自分の想いと対峙した事ある?」


……何もかも、私のせいにしてはいない?………


射抜く様に見つめてくる、彼女の瞳は何処までも黒く吸い込まれそうで。
俺は息をごくり、と飲み込む事しか出来ない。

何かを言わなくては、と思うのに口からははくはくと濃ゆい息しか出ていくこと以外術がなく、俺は美咲をみつめながらも、何とか口を紡んだ。

胸に突き刺さる何処からともなく吹いて来た、風。
ポツポツとシャツの粒がシャツをどんどん吸収されて行く。


浄化。


彼女から聞いた言葉が、ぐらぐらと脳内を揺さぶる。


今まで、彼女に向けて何か熱を帯びた様な、そんな想いも態度も、もしかしたらなかったかもしれない。


ただただ、自分の胸の内を明かさず、逃げ道ばかりを作っていた様な、そんな気さえした。

此処には確かに「愛の塊」があるはずなのに。


ずっしりと背中に落ちてくる大粒に変わり果てた、雨。

嵐が、やって来る。
二人の間に、そして俺の中に生まれた、黒い純情。

彼女は、何時もどんな場所でも俺の心の深淵まで潜り込んで、鮮やかに愛を掠め取っていく。

毒々しい俺の心はじくじくと傷んで、その血液に苦しみ溺れる…。


浄化…。


彼女の言葉に、縋りたい。
その手を取って、此処から如何か彼女の元へと還りたい。


「美咲、あのさ…」


俺は漸く声を絞り出せた。


「なーに?憲司くん」


淡々としているけれど、綺麗な笑みを浮かべてくれる。


「今から愛してるって言っても、いいのかな…」

「…ふふ。いいよ?その代わり、それはこれからの私達に架せられる『愛』の呪いになるよ?足枷になるんだよ?」


それでもいいのかなぁ?


と、少しだけ嬉しそうに一つ一つ丁寧に、そう伝えてくれる彼女に、俺は初めて胸の中がきゅーっとなった気がした。


未来なんて、見えない約束をするような柄ではないけれど。

多分、愛情よりも愛憎を持ってしまう事の方が多いと思うのに…。


俺は、やっぱりこの愛しくて堪らない、存在を大切にしたいと願う。


その気持ちの方が、最終的には勝った。


「愛してるよ、美咲。今迄言えなくてごめん」

「んー…そうだね。待ってたよ。憲司くん、ありがとう」


そう、言い合ってから緩りと手を伸ばして、彼女の華奢な背中を引き寄せた。


何もかもが、この雨に流れて浄化されたらいい。


さみだれ…。

この空間の中、何時か二人が死を分つまで。

俺は彼女の傍らに居たいと願った。


Fin.










< 2 / 2 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

夜の蝶は甘く囁き、深く眠る…

総文字数/11,202

ファンタジー3ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
アイを求め彷徨う、孤高のヴァンパイア 間宮夏織(まみやかおる) × 謎多き、存在…ジュンイチこと 川瀬准一(かわせじゅんいち) あの、咽返るような真夏の夜に。 出逢わなければ、きっと…この想いは…。 生まれる事はなかった筈だった。 『"其処"にいても、キミは誰よりもとても綺麗だ』 「貴方から注がれる彩られたアイの形に、私は…」 交差する視線の先にある世界は、渦を巻く。 敵か味方か、味方か敵か…。 紡ぐ言葉。 交わす吐息。 それは、きっと、二人を繋ぐ禁断の鎖。
Naked Love〜涙の跡を舌で辿る時〜

総文字数/35,884

恋愛(純愛)24ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
きっとね、 涙の数だけ、私は貴方にずっと恋をする。 毎日、恋をするの。 初恋を忘れられない。 社内で高嶺の花と言われるも無自覚♀ 柏木希子(かしわぎきこ)27歳 × 君は、何時だって俺の希望。 俺の宝。 そして…俺の、全て。 やり手のスパダリNo.1と称される♂ 浪岡悠久(なみおかゆうき)32歳 START:2025/12/03 END:2026/05/12
表紙を見る 表紙を閉じる
私の住んでいる家には…。 とっても懐っこくて。 とっても格好良くて。 大切な、まるでふわふわの大型犬がいます。 その名は窪田静人(くぼたしずと)…。 私だけのよび名は「しーちゃん」 ずっとずーっと…。 彼だけを傍に。 彼から注がれる愛だけを信じて。 偶に「仔猫みたい」って、 つんつんしちゃう時もあるけど。 彼の前では、誰にも見せない顔を。 だって、こんなにも愛しいから…。 しーちゃんに近寄る女の子達には、 「静人に触らないで」 と、さり気なく牽制を。 私に寄ってくる男共には、 「だから?私、静人以外必要ないので」 と、バッサリ断ち切る。 色目を使って来ようものなら、 「は?私の全部は、静人のモノだから」 と、断言する。 私の世界はしーちゃんのもので、 しーちゃんの世界は私だけのもの。 だから…私にとってしーちゃんは、 唯一無二で…煌く光。 愛しくて愛しくて、堪りません。 ❐❐❐❐❐❐ しっかり者女子(飼い主?) 雨宮彩恋(あまみやあこ) × ❏❏❏❏❏❏ 幼馴染の同居人(ペット?) 窪田静人(くぼたしずと) 「しーちゃん、大好き」 「あこちゃん!俺も!大好き!愛してるー!」  「まーて!おすわりして!ふせだよ!」 「あおーん」 「よーしよし」 この関係は、 絶対に誰にも邪魔させない。 START:2025/11/03 END:2025/11/04

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop