星屑の続きを、君と
第1話 星屑の再会
――この仕事、向いてないのかなぁ。
中原遥は、パソコンのキーボードに指を置いたまま、深いため息をついた。
重なるデッドラインに、通知だらけの社内チャット。
零細企業のWebライターには、息をつける暇なんてない。
取材も、写真撮影も、文章も、全部――たったひとりで任されていた。
制限時間は、残り四十五分。
なのに、指は動かない。というより、頭が働かない。毎日のように記事を書いているはずなのに、今日はうまく言葉が出てこない。
(もう、やめたい)
コワーキングスペースの大きな窓から差し込む光は眩しく、仕事帰りらしきビジネスパーソンたちの姿がちらちら視界を横切る。誰もが忙しそうで、自信に満ちた顔をしていた。まるで、自分だけがここに居場所を持てていないみたいだった。
遥は深く息を吐いて、座り直した。
「……遥?」
その声が、風にのって飛んできた。
遥は、ぎこちなく顔を上げる。近くの席で誰かが立ち上がり、こちらに歩いてきた。
さらさらの黒髪に、奥二重の涼しげな眼もと。
その顔を見て、遥の心臓は一拍、弾んだ。
高橋悠真。
中学時代、たしかに「彼氏」だった人。だけど、進学とともに自然に離れていった存在。
──まさか、こんな場所で。
「……え、うそ。悠真?」
「うわ、やっぱり遥だ」
懐かしさと気まずさと、なんとも言えない動揺が、一気に押し寄せる。
遥は笑顔を作った。
「久しぶり。私、もう立派なアラサーだよ」
「それ、俺のセリフだって。てか、そもそも同学年じゃん」
ふたりとも照れたように笑ったあと、一瞬だけ沈黙が落ちた。
「まさか、ここ使ってるなんて思わなかったな。仕事?」
「うん。って言っても、出版社の下請けみたいなとこで、Web記事書いてるだけ。ほとんど在宅だけど、たまに気分変えたくて来てる」
「……そうなんだ」
その言葉のあと、彼の頬がふっとゆるむ。
まるで昔のままの、少年のような素朴さがそこにあった。
「悠真は?」
「ここの近くの会社で、エンジニアやってる。たまたま今日午後から出社だったから、その前に作業しようと思って」
──エンジニア。ちょっと意外だった。中学で「追試常連」になっていた姿を、ふと思い出す。
ぼうっと悠真の横顔を見ていると、ばちりと視線が合った。
「……悠真、メガネやめたんだね」
「気づいた?」
「そりゃ気づくでしょ。すっごく変わってて、正直誰かと思った」
「いやいや。そっちこそ変わったよ。綺麗になったっていうか……って、これ言うと口説いてるみたいだな」
そして、ぽん、と遥の頭に手を置いた。
遥は一瞬、眼を見開く。
あたたかくて、やさしい手。あのころと、まったく変わっていない。
「……やめてよ」
──懐かしい。
その感情の奥で、遥はふと気づく。
あの頃、たしかに彼のことが好きだった。
そして今――時を経て、大人になった自分の前に、彼はふたたび姿を現している。
それがどこか夢のようで、現実味がなかった。
「そういえばさ」と悠真が言った。
「覚えてる? 『星屑レボルシオン』」
遥は、ぱちりと瞬きをした。
「……覚えてるよ。悠真と最初に話したきっかけだったよね」
「こないだアニメの総集編やっててさ。懐かしくなって、ちょっと前に読み返したんだよ。今でもやってるんだね、あの漫画」
「うん。……まだ、終わってない」
「マジか。シオン、まだ記憶取り戻してない?」
「最近やっと戻ったよ。レボルとハグしてた。泣いた」
「やっぱ、あれ最強だよな……。映画、観た?」
「……観てない」
「じゃあ、一緒に行く? 『シオンが記憶を取り戻すまで』の再編集版、今上映中だって。SNSで見た」
遥は、ほんの一瞬、戸惑って──
「……いいよ」
考えるよりも早く、自然にそう答えていた。
中原遥は、パソコンのキーボードに指を置いたまま、深いため息をついた。
重なるデッドラインに、通知だらけの社内チャット。
零細企業のWebライターには、息をつける暇なんてない。
取材も、写真撮影も、文章も、全部――たったひとりで任されていた。
制限時間は、残り四十五分。
なのに、指は動かない。というより、頭が働かない。毎日のように記事を書いているはずなのに、今日はうまく言葉が出てこない。
(もう、やめたい)
コワーキングスペースの大きな窓から差し込む光は眩しく、仕事帰りらしきビジネスパーソンたちの姿がちらちら視界を横切る。誰もが忙しそうで、自信に満ちた顔をしていた。まるで、自分だけがここに居場所を持てていないみたいだった。
遥は深く息を吐いて、座り直した。
「……遥?」
その声が、風にのって飛んできた。
遥は、ぎこちなく顔を上げる。近くの席で誰かが立ち上がり、こちらに歩いてきた。
さらさらの黒髪に、奥二重の涼しげな眼もと。
その顔を見て、遥の心臓は一拍、弾んだ。
高橋悠真。
中学時代、たしかに「彼氏」だった人。だけど、進学とともに自然に離れていった存在。
──まさか、こんな場所で。
「……え、うそ。悠真?」
「うわ、やっぱり遥だ」
懐かしさと気まずさと、なんとも言えない動揺が、一気に押し寄せる。
遥は笑顔を作った。
「久しぶり。私、もう立派なアラサーだよ」
「それ、俺のセリフだって。てか、そもそも同学年じゃん」
ふたりとも照れたように笑ったあと、一瞬だけ沈黙が落ちた。
「まさか、ここ使ってるなんて思わなかったな。仕事?」
「うん。って言っても、出版社の下請けみたいなとこで、Web記事書いてるだけ。ほとんど在宅だけど、たまに気分変えたくて来てる」
「……そうなんだ」
その言葉のあと、彼の頬がふっとゆるむ。
まるで昔のままの、少年のような素朴さがそこにあった。
「悠真は?」
「ここの近くの会社で、エンジニアやってる。たまたま今日午後から出社だったから、その前に作業しようと思って」
──エンジニア。ちょっと意外だった。中学で「追試常連」になっていた姿を、ふと思い出す。
ぼうっと悠真の横顔を見ていると、ばちりと視線が合った。
「……悠真、メガネやめたんだね」
「気づいた?」
「そりゃ気づくでしょ。すっごく変わってて、正直誰かと思った」
「いやいや。そっちこそ変わったよ。綺麗になったっていうか……って、これ言うと口説いてるみたいだな」
そして、ぽん、と遥の頭に手を置いた。
遥は一瞬、眼を見開く。
あたたかくて、やさしい手。あのころと、まったく変わっていない。
「……やめてよ」
──懐かしい。
その感情の奥で、遥はふと気づく。
あの頃、たしかに彼のことが好きだった。
そして今――時を経て、大人になった自分の前に、彼はふたたび姿を現している。
それがどこか夢のようで、現実味がなかった。
「そういえばさ」と悠真が言った。
「覚えてる? 『星屑レボルシオン』」
遥は、ぱちりと瞬きをした。
「……覚えてるよ。悠真と最初に話したきっかけだったよね」
「こないだアニメの総集編やっててさ。懐かしくなって、ちょっと前に読み返したんだよ。今でもやってるんだね、あの漫画」
「うん。……まだ、終わってない」
「マジか。シオン、まだ記憶取り戻してない?」
「最近やっと戻ったよ。レボルとハグしてた。泣いた」
「やっぱ、あれ最強だよな……。映画、観た?」
「……観てない」
「じゃあ、一緒に行く? 『シオンが記憶を取り戻すまで』の再編集版、今上映中だって。SNSで見た」
遥は、ほんの一瞬、戸惑って──
「……いいよ」
考えるよりも早く、自然にそう答えていた。
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