野いちご源氏物語 二五 蛍(ほたる)
薄い布でできたついたての向こう側が突然明るくなった。
姫君(ひめぎみ)らしき姿が()けて見えて、思わず(みや)様は(のぞ)いてごらんになる。
お部屋の奥、少し離れたところに光の(かたまり)のようなものがあって、ふわふわと形を変えている。
そのなかに(おうぎ)でお顔を隠した姫君がいらっしゃった。

(ほたる)の光に驚いて、宮様はきっと部屋のなかを覗かれる。今はまだ『源氏(げんじ)の娘なら悪くはないはず』程度のお気持ちで言い寄っておられるだけだ。まさか本当にこれほど美しい姫だとは想像なさっていないだろう。恋の(ほのお)をよりいっそう燃え上がらせてさしあげよう>
源氏の君はとっておきの演出をなさると、さっとお部屋から出ていかれた。
ご自分の姫君にもこんなことはなさらないでしょうに、なんて迷惑な親心かしら。

蛍はすぐに女房(にょうぼう)たちが追い払った。
でも、宮様はほのかに見えた姫君のお姿が忘れられずにいらっしゃる。
「蛍に鳴き声はありませんが、光で何かを(うった)えて飛んでいるのでしょうね。その光を誰かが消すことはできませんから、まして私が言葉で恋心を訴えるのを誰が止められましょうか」
こういうときは、さりげないお返事ですばやくかわすのがよいとされているの。
「声に出さずに身を()がしている蛍の方が、口説き上手な人より思いが深そうな気がいたしますが」
姫君はそうおっしゃると、お部屋の奥へ下がってしまわれた。

姫君が離れてしまわれたことをしばらく(うら)んでいらっしゃったけれど、長居(ながい)なさっては宮様の品位(ひんい)にかかわる。
夜遅くお帰りになったわ。
お別れのやりとりもなさったでしょうけれど、どんなだったのかしら、そのときはもう眠くて覚えていないのよ。

女房たちは、
「さすがはご兄弟でいらっしゃいますね。上品なお美しさが源氏の君によく似ておられました」
と宮様をほめそやしている。
本当の母君(ははぎみ)のようにあれこれとお世話なさった源氏の君のことも、何も知らない女房たちはありがたがっていた。
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