すべての花へそして君へ①
耳に焼き付くタイムリミット
『ちょっと耳貸して』
『え?』
届いた言葉は、意味がわからなかった。
『……一回だけなら許す』
『え? どういうこと?』
『っ、だからさ』
そして次に届いた声に、耳を疑った。
『キス。それくらいのことしたらツバサも泣き止むでしょ』
……いやいやあなた、人の唇なんだと思ってるんですか。というかあなたはいいんですかそれで。
でも、次に届いた小さな音に、彼の想いが全部詰まってた。
『一回、だけだから。……もうしないで』
掠れていた弱々しい声は、葛藤しているようだった。それでも。わたしにそうまでさせてでも今、目の前にいる兄の涙を止めてあげたかったんだ。
『……わかった! 一回ぶちかましてこようっ』
それにわたしだって、なんとかして彼にまた笑って欲しいから。君に言われるまでもないさ! まあ、わたしの場合その方法は君が悲しんじゃうだろうから取らなかったけど。……ほんと、仲のいい兄妹弟で、羨ましいよ。
――――そして、次の言葉で現実に戻された。
『タイムリミット』
……。
『ちゃんとアウト取ってきてくれるんだよね。全員分。オレ、すっごい楽しみにして待ってるから』
……。
『頭の良いあおいちゃんなら、記憶力の良いあおいちゃんなら、忘れてなんか……いないよね?』
……あは。あはははは。
すっかり頭から抜け落ちとったがな▼
『ちゃんと終わったら報告に来ること。一秒でも遅れたらお仕置きだから』
『まあ、ちゃんと言えたら……』って、そのあとなんか言ってたけど、全然耳に入ってこなかった。
(お仕置きって何。お仕置きって何。お仕置きって何。お仕置きって何。ぶつぶつぶつ……)
この時既に、23時前。……無理だ。絶対に無理だ。
お仕置きは確定だから、なんとかして逃れる術を、言い訳を必死に考えた。
『ちょっと。聞いてんの?』
『ぅえっ!? な、なに? え? 場所? 口にするの?!』
『ふざけんな』
『あいたっ!』
そして頭を叩かれて結論に至る。そんなの、無駄な足掻きだと。けど、なんだかんだで体に染みついた下僕が抜けていくわけでもなく。
(いや、まあツバサくんからダッシュで逃げてきたのは、これ以上ほっぺにちゅーされまいとした結果だけど……)
ダッシュで走っている時に見えた時計。23時過ぎ。……ああ。決定だ。甘んじて受け入れようお仕置きを。
そしてわたしは、走るのをやめた。一秒でも遅れた時点でお仕置きですからね。もう覚悟しましょう。
(それに、……疎かになんかしたくないんだ)
ツバサくん、ちゃんと笑えてた。よかった。ちゃんと、言いたいことが言えた。……よかった。
(終わったら、……ちゃんと言おう)
一番のありがとうを、大好きな彼に。