すべての花へそして君へ③

 手に持っていたコートをカナデくんに投げつけたツバサくんは、大きく大きく白い息を吐いた。


「そんな薄着で、馬鹿かお前。それ着てろ」

「ツバサ……」

「それから……ほれ」

「え? あれ、これ……」

「お前も着てろ。また風邪引きたくねえだろ」

「う、うん。ありがと」


 いつの間に用意したのか。わたしのコートとストールまで持ってきてくれたようだ。
 でも、とんだ先客がいたおかげで、ツバサくんの方が薄着だ。


「心配しなくても、そんなに長居するつもりねえよ。それに中結構暖房効いてたし、尋常じゃないほど人多いし。ちょっと涼むにはちょうどいいだろ」


 真冬のバルコニーは、彼の言う“涼む”では到底なかったけれど。


「……ははっ、確かに」


 この外の冷気が気持ちいいと思うくらいには、彼の言うとおりわたしも人に上せていたらしい。火照った体が涼んでくると、ぼやけていた頭の中もすっきりしてくる。


「流石に我慢できなくなったら、この馬鹿から引っ剥がすから大丈夫」

「うん、そうすればいいと思う」

「わー二人とも冷たいー」

「じゃあ何でこんなところにいたんだよ」

「それは……」

「何かあったんなら言って? 力になるよ」

「どうせまた柚子と何かあったんだろ」

「カナデくん! 前も言ったと思うけど、相談相手ならツバサくんが一番適任だよ! わたしのお墨付きだよ!」

「……アオイちゃん」

「うん、何?」

「男にはね、時には身を投げ打ってでもしなければならない性があるんだ」

「……うん。ほっとこっか」

「ほっとけほっとけ」


 真面目な顔して言ったところで、鼻水垂らしてたら台無しである。
 ツバサくんに取りに来られたティッシュ箱は、見事カナデくんのおでこへと命中したのだった。


「ほい、よかったら。顔が疲れてる」

「あ。……ありがとう」


 すぐに戻ってきた彼は、ティッシュ箱と一緒に飲み物も持ってきていたようだ。
 差し出された飲み物を素直に受け取ると、僅かな既視感を覚える。えーっと、いつだったか。


「大丈夫か」

「ん? まあ、ぼちぼち?」

「俺だったら絶対に無理」

「まあまあそう仰らずに」


 嫌そうな顔になるのも仕方がない。
 嘗ての道明寺の、“英雄”か“悪魔”。そう言われていた一人の少女が、朝日向の一人娘として改めてこの世界に足を踏み入れたのだ。

 道明寺の起こした事件。それは、周りの人間がその件をきちんと把握し了承していたとしても、世間の目から見てみればそう簡単に納得できるようなものではない。
 それにシントの件もある。それはそれは、非常に説明が難しいというもの。


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