『脆い絆』
59 ◇結婚の報告
 
祭りのあと、涼と温子は途中で珠代たちと別れ、涼は自宅へ帰ることなく、
温子の住まう工場内の寮まで送り届けてくれた。


送ってもらった礼を言い寮の部屋に戻るつもりにしていた温子は、
何故かもの言いたげな涼の気配を感じたため、別れの言葉を飲み込み、
黙して彼の側に佇んでいた。

「あの……」

『……』

「別の日にでもって考えてたんだけど、ここまで帰って来たら急にね……
絹さんに僕たちのことを報告したくなってしまって」

「あっ、そうですね。そう言われたら私も今言いたくなりました。
絹さんを呼んできます。応接室でいいですよね?」

「都合が悪くなければ、応接室でゆっくり報告できるといいね」

          ◇ ◇ ◇ ◇


私は何となく涼さんの気持ちが分かる。
楽しく祭りに参加しての帰りで気持ちも高揚しているし、珠代さんたちにも
報告した日だから同じ日にお世話になっている絹さんにも報告しておきたい
という気持ち。

絹さんは私に涼さんを勧めてくれた人。
たぶんだけど、涼さんには私の事を勧めてくれていたのではないかと思う。

やさしい眼差しの人は私たちの縁結びの神様かもしれない。

           ********



「コンコン」
温子は絹の部屋の前まで来て、ドアをノックした。

「はぁ~い、ちょっと待ってねぇ~」

「すみません、突然。温子です」

ドアを開けて顔を覗かせた絹が問う。

「あら、いま時分どうしちゃったの?」

「今珠代さんたちと一緒に祭りから帰って来たところなんですけど――――」

「ほんとだっ、お祭りあったのよね。今年はうっかりして、忘れてた~」
残念そうに絹が片手で額を軽く叩いた。

「涼さんが応接室で待ってます」

「うん? それって私ってこと?」

「はい」
温子は頷いて返事をした。

「へぇ~、なんだろう。もしかして、お祭りのお土産かなっ」


『きゃっ、どうしよう。ほんと、お土産買っておくんだった』
絹の話を聞いて、内心でそんなふうに温子は焦った。

「さぁ? お土産は持ってなかったかと……。ごめんなさい。
私たち絹さんを呼び出そうって決めたのがついさっきなのでお土産を買って
ないんです」

              **  **

ナヌ、さっきは『涼さんが私を待っている』っていうふうに言っていたのに、
今度は『私たち絹さんを呼び出そうって決めたのがついさっきなので』で
すって。

へぇ~、もしかして……そうなの? そうならいいのに、と思いながら
絹は温子と共に工場敷地内にある応接室へと向かった。

-946-
      ――――― シナリオ風 ―――――


〇工場・寮付近 夜


   祭りの余韻を残したまま、涼は温子を寮まで送り届ける。
   夜風が涼しく、提灯の残り火が遠くで揺れている。

温子(心の声)「さぁ、ここでお礼を言って部屋に戻ろう……」


   そう思ったが、涼の横顔にまだ何か言いたげな気配が漂う。
   温子は言葉を飲み込み、ただ彼の傍らに立ち尽くした。

涼「あの……」

温子「……」

涼「別の日にと思っていたのですが、ここまで来たら急に……。
 絹さんに、僕たちのことを報告したくなってしまって」

温子「あっ……そうですね。そう言われたら、私も今お話したくなりました。
 絹さんを呼んできます。応接室でよろしいですか?」

涼「はい。都合が悪くなければ、ゆっくり報告できると嬉しいです」



〇工場の寮・絹の部屋前


   温子が扉をノックする。

温子「コンコン……すみません、温子です」

絹(部屋の中から)「はぁ~い、ちょっと待ってねぇ~」


   扉が開き、絹が顔を覗かせる。

絹「あら、いま時分にどうしたの?」

温子「今、珠代さんたちと祭りから帰ってきたところなのですが……」

絹(アイタッというふうに額を軽く叩き)
「あらまぁ!そういえばお祭りだったのよね。すっかり忘れてたわ」
 

温子「涼さんが応接室でお待ちです」

絹「ん? それって……私のこと?」

温子「はい」

絹「へぇ~、なんだろう。お祭りのお土産かしら?」

温子(心の声)「きゃっ、しまった……本当にお土産を買って
 おくべきだったわ」

温子「いえ、ごめんなさい。私たち、呼ぼうと決めたのがついさっきで……」


   絹は「へぇ~」と意味ありげに微笑みながら、温子と一緒に
   応接室へと向かう。
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