君に花を贈る
 開けるとそこにいたのはびしょびしょに濡れた花音ちゃん。

「花音ちゃん!? ……びしょ濡れじゃん、どうしたの。タオル、使って!」

 急いで台車ごと店の中に入れてタオルをかぶせる。
 いつもはピンク色のほっぺたと唇が青くなっている。

「ありがとうございます。でもすぐ戻りますし、レインコート着てますし大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないって、その顔色。ちゃんと拭いて。お茶と……バケツも……」
「バケツは私がやるから、藤乃はタオルとお茶を用意しなさい」
「わかった」

 母親に促されて、花音ちゃんにタオルを渡す。それから冷蔵庫の麦茶をレンジで温めて、紙コップを出した。

「あ、ごめん朝海。注文書、書いてくれた? 花音ちゃん、お茶どうぞ。ちょっとだけ待ってて」
「私は大丈夫ですので、お客様を優先されてください」

 そんな顔で、それでも微笑まれると、何も言えなくなる。
 胸の奥が、締めつけられるみたいに痛くなる。
 朝海の書いた注文書を確認して、控えを手渡す。

「じゃあ、作っておくからこの日に取りに来て」
「わかった。では失礼する。……ところで」
「うん?」

 朝海の視線が俺の後ろに向く。振り返ると静かにお茶を飲んでいる花音ちゃんがいた。
 見られていることに気がついた花音ちゃんがパッと顔を上げた。

「……っ、えっ、な、なんでしょう?」
「その女性が、花音か?」

 朝海の言葉に、花音ちゃんが目を丸くする。面白くないので視線を遮るように横に動く。

「そうだけど、いきなり何だよ」
「葵がお前のお姫様なのだと言っていた」
「そういうのは本人の前で言うな!」

 後ろで母親の吹き出す声が聞こえる。本人どころか親までいる前で言うなよ……!

「これだけわかりやすいのに、進展がなくてじれったいとも」
「それも言うなって! ……俺には俺のペースがあるんだよ。突っ走る葵とは違うんだから」
「葵の結婚式は、お前より後がいいとも言っていただろう?」
「なんでそんなことまで知ってんだよ……! もういいから、帰れ帰れ! 花束はちゃんと作っとくから!」

 カウンターを出て、朝海の腕を引っぱった。

「ごめん花音ちゃん。こいつ追い出してくる……。母さん、笑いすぎだって」
「はあ……」
「だって、ふふ、みんな思ってるけど言わないことを、全部……ふふっ」

 ぽかんとする花音ちゃんを置いて、母親は無視して、朝海を店先まで連れて行った。
 傘を開くのを待って、手で軽く帰れと合図する。

「無愛想で気づかなかったけど、葵と朝海って、案外似てるんだな」
「そういうものだろう。まったく違うから惹かれるし、同じ部分があるから共にいられるんだ」
「そっかよ。まあ、とにかく依頼は受けた。葵には内緒にしとくから」
「ああ、頼む」

 朝海は最後まで表情を崩さず、背筋を伸ばしたまま颯爽と帰っていった。
 ああやって、まっすぐ立っていられるところは、きっとかっこいいんだろう。

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