AH/AI

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 リビングに戻ると、テーブルの上に妻のスマホが置きっ放しになっていた。
 妻には珍しい忘れ物だが、届けたほうがいいかな?
 着替えていたら時間がかかるので、スウェットのままスマホだけ持ち、すぐに妻を追いかけた。

 100均に行く途中に一カ所だけ、そこそこの傾斜がある坂があり、こちらから向かうと“のぼり”になる。
 俺がスウェット無精ひげサンダル履きで、ポケットに家鍵だけ入れた状態で走っていくと、坂の中腹あたりに妻らしき後ろ姿が見えた。

 細い上半身と、裾の広がったワンピース。「Aライン」っていうやつか。
 裾が長いワンピースから、スニーカー(多分)を履いた足がちょこっと見えるだけなので、遠くから見ると本当にアルファベットのAの字に見える。
 いや、小さな頭が乗っかっているので、厳密には(オングストローム)かな?

 ただし、そのAは“ひとり”ではなかった。

 隣にはTシャツにジーンズ(恐らく)の細身の人間がいる。
 背の高さからして男に見えた。
 妻がAとすれば、その男?はI(アイ)の字に見えた。

 何メートルか先にいるので会話までは聞こえないけれど、歩調を合わせて会話しているように見えた。

(知り合い……?)

 俺はなぜか、彼女に声をかけられなかった。

 往復と商品の買い物とで、多分30分以内には帰ってくるだろう。

 あのすらっとした男がIなら、俺は――Hかな?
 身長180cm、体重82キロ。筋肉質なのでデブとは言われないが、肩幅というか横幅があるし、脚を開いて両手を挙げたら、見事な「H」の字を作れる自信がある。

 AIと、AH。
 並べることにも比べることにも特に意味はない。
 なのに、何らかの意味を考えてしまう。

AH【άː(米国英語), ɑ:(英国英語)】
「英語の感嘆詞で、驚き、喜び、苦痛、納得など、様々な感情を表す際に使われる」

日本人としては「OH!」ほどにじみがないが、英語の教科書にはよく出てきた単語だ。こんなに表情の豊かな言葉だったんだな。

AI
「人工知能 Artificial Intelligenceの略」

 今や聞かない(目にしない)日がないというぐらい、生活の中に溶け込んできている言葉だ。
 どっちらも母音で、ローマ字読みなら「アイ」になる。
 藍色の藍、相変わらずの相、哀愁の哀、そして――多分大抵の人の頭に真っ先に浮かぶ「愛」。

 ただ妻が知らない男と背中を並べているのを見ただけで、ここまで飛躍してしまうのは、俺が妻を深くアイしているからか?

 いや、もちろんそれもあるけど、間違いなく言えることがある。

 俺は少なくとも今日は「暇」なのだ。
 「小人(しょうじん)閑居(かんきょ)して」じゃないが、ヒマだからしようもないことを考えてしまうのだろう。
 暇人らしく家に戻り、スマホと一緒に妻の帰りを待つことにした。
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