流れ星の器

第1説 人も歩けば


この世の中には、自分が不幸だと思って生きている人間は何人いるのだろうか。
一人二人ではないはずだ。
自分にとって 何かしら嫌だなと思う出来事があれば、それは『不幸』だと思えてしまえるのだろう。

そう、今も尚目の前で不幸が起こっている。

「おじさん…。ごめんなさい…。」

昨日古着屋で買ったばかりのジーンズは、道行くこどもが食べていたソフトクリームによってアイスまみれになったわけだ。
右の太ももあたりが冷たい。

(まだ、外出たばかりなんだが。)

何時なんどき、どれだけ注意してても事故は起こるさ。起こるときは起こる。仕方ない。
あと、俺は大人だけれど、まだ30になったばかりのお兄さんさ。おじさんじゃない
俺は心の中で強くおじさんを否定した。

「いいよ、それより怪我とかはないかい?」

ため息混じりの微笑が悪かったのか、察しがいいのか
すぐその感情を読み取ったのか、目の前の男の子は泣き出しそうだわ。
あぁ、このパターンはわかるぞ。
歩んできた道のり、不幸な経験は伊達じゃない。
これは…

「たっくん大丈夫!?」

(来た。)

親である。
少年たっくんのアイスと俺の衝突ぷち事件は、ここから先その結末が予想出来る。

「ちょっと!!うちの子になにしてんの!!」

(ほれ見ろ)

予想通りだともう返す言葉もない。
この後の展開はどうせ何を言っても親があれこれとまくし立てる。だが、不幸は重なろうとも、人生における経験ってのはこういうところで役立つんだぜ。
俺は自分が思う最大の優しい表情を作って言い訳というか、事の顛末を説明しようとした矢先だった。

「おじさんがぶつかってきて」

このガキ言葉間違ってるぞ。さっきのごめんなさいはどこいったコラ。
新しい展開だった。無論その後は一方的にあれこれ言われ、こっちが謝罪する羽目になったわけだ。

「大丈夫?たっくん。はやく帰りましょうね。」

子連れは足早にその場を去っていく。恐らくはこの場において最も可哀想な俺を置いて。
自分の部屋を出て数分、ただコンビニに行く為に外出しただけなのにどうしてこうなった

「…はぁ。」

自然と溜め息も出る。燦々と照りつける陽の光が、俺の背中を焼き付ける。
絶対に手の届かないところで、晴れやかにこっちを嘲笑うかの如く光る太陽が憎い。

(暑い。帰ろう。)

こんな格好では、いつまでも外にいられない。早く着替えないと周りの視線も気になるわけだ。

犬も歩けば棒に当たる。
そんなことわざが日本にあるが、小さい頃にそんなわけねぇだろ(笑)
って思ってたのに、まさにそんな人生を送る俺は犬かよ。
下手すれば犬より悪い。余計なこと等何一つしてないのに。

「くっそ。不幸だ。」

足取り重く、とぼとぼと帰宅した。

たった十数分の出来事のおかげで、再度出掛ける気力も失せてしまった。

幸い今日はバイトもない。シャワーでも浴びてゆっくり寝てよう。
そう思い、アイスにまみれたズボンと汗だくのシャツを洗濯機にぶちこみ、蛇口のハンドルを捻る。

(………………え?)

水が出ない。
ためしにお湯側のハンドルも捻るが、水一滴出る程度。

(まさか。)

水道代は支払った。
今は夏の暑い時期、凍るのもあり得ない。だとすれば考えられるのは1つ。

即座に玄関前の郵便受けを開けた。
チラシやらなにやらの中に一枚の紙。
赤い文字で書かれたその紙には

『断水のお知らせ』

詳細、その日付と時間が書いてあるが
それはまさしく今日と今の話。

俺は全裸で立ち尽くすしかなかった。

いや悪いことは時に重なるが、今回は特に酷い。死んでしまうんじゃないかと思う程に不幸が重なる。
もう全て嫌になった。

ボディシートで身体を拭き、着替えてベッドに寝転がる。

まだ1日が始まったばかりなのにどっと疲れた。目を瞑ったと思えば俺は直ぐに意識が落ちたのだった。

記憶にあるのは、まだ15時になったばかりの時計の姿。

目を覚ました時には、12時になったばかりの指針。

外も気分も真っ暗になった。


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