最後の手紙

第6話 愛の継承

花子が施設に入ってから、季節は静かに冬へと移っていった。
木々は葉を落とし、朝の空気には霜が降りるようになった。
美咲は仕事の合間を縫って、週に一度、祖母に会いに行き、手紙を読む時間を欠かさなかった。

祖母の記憶は少しずつ遠のいていったが、美咲の声を聞くたびに、ふっと表情が和らぐ瞬間があった。
名前はもう覚えていなくても、その“安心した顔”だけは変わらなかった。

ある日、美咲は自宅の棚の中に、祖母から届いた手紙の束を並べていた。
ひとつひとつの封筒に、美咲の名前が丁寧に書かれていて、時折、ハートマークが添えられていたりする。
その文字に触れるたび、祖母のぬくもりが胸に蘇る。

「愛は記憶よりも深いところにある」

あの日の手紙の一節が、何度も美咲の胸に響く。
もう直接会話はできなくても、言葉はこうして残り続けている。
声に出せば、祖母の想いがそばに戻ってくる気がする。

美咲はふと、ノートを一冊取り出した。
表紙には「愛のノート」と自分の手書きでタイトルが書かれている。

そこには、祖母の言葉に返すように綴った自分の気持ちが並んでいた。
たとえば――

> 「おばあちゃん、初めて自転車に乗れた日、覚えてる?
あの日、何度も転んで泣いた私に、
“できなくても、笑ってみようね”って言ってくれたの、忘れてないよ」



> 「会社、ちょっと忙しいけど、元気にやってるよ。
手紙を書くたびに、あなたの言葉が心に浮かぶの。
“大丈夫。ちゃんと見てるから”って。
見えなくても、感じられるんだよね。愛って」



そして、そのノートの最後のページに、そっと書き加えた。

> 「私はこれからも、手紙を書き続ける。
きっと未来の誰かが、迷ったり寂しくなったりしたときに、
あなたがくれた言葉を届けたいと思う。

家族って、そうやって愛をつないでいくものなんだよね。
そう教えてくれたのは、おばあちゃん。ありがとう」






春の訪れとともに、美咲は母・恵子と一緒に施設を訪ねた。
花子は車椅子に座り、窓の外の桜をじっと眺めていた。
その表情は、どこか子どものように穏やかで、まるで時を超えた安心の中にいるようだった。

「おばあちゃん、今日はね、手紙じゃなくて、アルバムを持ってきたの」

そう言って、美咲は一冊のフォトアルバムを開く。
そこには、幼い美咲と祖母が並んで笑う写真、クッキー作りをしている写真、手をつないで歩く後ろ姿……。
どの写真にも、ふたりの間に流れていた温かな時間が刻まれていた。

「これが、わたしたちの手紙の答えだよ。ね、おばあちゃん」

花子は返事をしなかったが、じっと写真を見つめ、そして小さく微笑んだ。




それから数年後――
美咲は結婚し、自分の家庭を持った。
新しく生まれた娘に、祖母の名にちなんで「花」という名前をつけた。

夜、寝る前に娘に絵本を読み聞かせたあと、美咲は小さな便箋を取り出す。
そして、まだ字も読めないわが子に向けて、今日あった出来事や、感じたこと、願いをしたためる。

> 「花ちゃんへ。今日は、初めて“まんま”って言ってくれたね。
おばあちゃんもきっと、空の上で拍手してるよ」



それは、祖母から受け継いだ「愛の手紙」。
形を変えながら、美咲の中で脈々と生き続けていた。




便箋に込められた文字は、記憶の中の風景を呼び起こす。
そしてその風景は、言葉を超えた愛へと変わっていく。

“真の愛は記憶に依存しない。
愛は魂の深いところに宿り、形を変えながらも永遠に続く。”

その言葉を胸に、美咲は今日も、ペンを手に取る。

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